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関係資料 Archive

谷津遊園ボート池

池に浮かんだ4艘のボートに乗って憩う男性たち。ここは谷津遊園(当時は谷津園)のボート池で、撮影時期は1940年代初期とのことです。という事は太平洋戦争の開戦後になるわけですが、戦時下とは言え、この頃はまだこんなノンビリとした日常があったわけですね。詳細は、写真を提供下さった afoxaiさん のサイトにて。

(クリックで拡大)
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懐かしの谷津遊園(動画)

千葉県内にお住まいの「たれうやや」さんから、谷津遊園の動画アップをお知らせいただきました。お父様の仕事関係のレクリエーションに同行した際に、ムービーカメラでフィルム撮影されたものとの事です。以下、動画と、そこから画面をキャプチャさせていただいたものを、何枚か抜粋してご紹介したいと思います。

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ある商社マンの想い出

ブログ「ある商社マンの想い出」のボーン・ルーザーさんから、新婚時代にご夫婦で出かけた谷津遊園の写真をお借りしました。結婚されたのが昭和42年との事ですので、その頃の年代のものかと思われます。週末をリラックスして楽しまれている様子が伺われて、ほのぼのとした良い写真ですね。

新婚時代、子供のできるまでは、私の仕事中、妻は退屈な留守番を強いられていると思ったので、日曜日には二人そろって気晴らしに良くでかけました。当時は、土曜休日ではなかったので、出かけるとすれば日曜日でした。下の写真は、ある日曜日に京成電車沿線の谷津遊園に遊びに行った時のものです。(「新婚時代・谷津遊園」より引用
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谷津遊園全景。園の東側の方から望んだものでしょうか。次写真の休憩所屋上あたりから撮られたものかも知れません。お城とその周囲の池、遠くに観覧車や飛行塔なども見えます。(クリックで拡大)

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昭和40年代の谷津遊園スナップ(3)

谷津遊園スナップ第3回。潮干狩りと菊人形は谷津遊園の名物だったですね。桟橋を渡って潮干狩り場まで行くのは心ウキウキ、でも階段を降りて海に入るとヌルっとしてちょっと気持ち悪かった記憶も。一方の菊人形は子供にはあまり評判良くなかった。早く遊園地の方で遊びたいという気持ちの方が大きかったせいでしょうか。

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昭和40年代の谷津遊園スナップ(2)

谷津遊園スナップの第2回です。乗り物、動物園、プール、どのシーンも大変懐かしいですね。

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昭和40年代の谷津遊園スナップ(1)

「スナップ病のhide」さんから、昭和40年代に谷津遊園で撮影されたスナップを多数ご提供いただきました。 以前、hideさんのサイト「面白スナップ写真館」(現在は終了)で何枚か公開されていたものを拝見して借用をお願いしたところ、さらに多くの写真をネガから探して送って下さいました。 これまであまり写真で見る事が出来なかったシーンも数多くあり、眺めていると何だか来園者たちの喧騒や園内放送まで聞こえて来るような気がします。 60枚程ありますので、以下3回に分けて順次公開させていただきます。 「スナップ病のhide」さん、大変貴重な写真をありがとうございました。

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お城と海賊船の写真

カイヴさんからお借りした写真です。私が持っているスナップとは反対側から撮られたもののようで、お堀に浮かぶ海賊船の様子が良くわかりますね。確か洞窟のようなトンネルから出て来て、船の上を歩けるようになっていたのでしたっけ?


写真提供:カイヴさん 撮影1960年代

追記:証言15 に海賊船についての記述がありました。

急行「谷津」号

「思いで鉄道探検団」のサイトよりカモさん撮影の写真をお借りしました。京成電鉄の急行「谷津」号です。


写真提供:思いで鉄道探検団 撮影1967/7

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京成谷津支線(2)

京成の谷津支線について、空中写真を中心にもう少し追ってみました。本館の方で公開をしましたので、以下をご参照下さい。

谷津遊園と謎の駅 補遺

今後の予定稿

  • 谷津遊園と謎の駅(補遺)
    谷津支線の位置についてもう少し詳しく検証してみたいと思います。
  • ヘルスセンターとの連絡鉄道
    谷津遊園と船橋ヘルスセンターを結ぶ予定だった連絡鉄道について、執筆予定です。

京成谷津支線

 谷津遊園の最寄りは京成本線の谷津遊園(旧、谷津海岸/現、谷津)駅でしたが、開設当初は花輪(現、船橋競馬場)駅から分岐する支線が存在し、遊園地の正門前にあった谷津遊園駅まで電車で到達する事が出来ました。この支線はごく短い間だけしか営業していなかったので、その存在を知る人は多くありません。詳細は以下、本館の方で公開中の記事を参照下さい。

yatsu01.gif谷津遊園と謎の駅

谷津遊園の歴史

 谷津遊園が開園したのは1925(大正14)年。当時、各鉄道会社が観光客誘致の目的で沿線に遊園地を開設するのがブームとなっていましたが、その流れの中で京成電気軌道(現在の京成電鉄)も「京成遊園地(株)」を設立し、津田沼村の海岸で遊園地の営業を開始しました。元々この場所には初代津田沼村長が私財を投じて明治中期に完成させた塩田がありましたが、その後台風により壊滅的な被害を受けて放棄された場所を埋め立てて京成が転用したものです。

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