Rail & Bikes editorial postscript  ~ 鉄路と自転車な日々@東京西郊 ~

むかしの汽車旅

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今年の7月に出た文庫だが「むかしの汽車旅」(河出文庫:出久根 達郎 編)というのをちょっと前に買って読んだ。文学作品の中で鉄道の出て来る短編を中心に集めてある。以前「鉄道の文学紀行」という新書を読んだ事があるが、あちらは一部引用でそれに解説が加わる形、こちらはそれぞれ一編丸々が収まる名随筆アンソロジーになっている。

Dscn6781.jpg以下、目次から一部抜粋すると

総武鉄道/正岡子規
迎妻紀行/大町桂月 ※山陽鉄道他
常磐線(陸羽浜街道)/田山花袋
左の窓/泉鏡花 ※東海道線
甲武線/島崎藤村
深川の唄/永井荷風 ※都電
木曾山脈を汽車の窓より/小島烏水
蜜柑/芥川龍之介 ※横須賀線
化物丁場/宮沢賢治 ※北上線
熱海線私語/牧野信一
丹那トンネル開通祝い/原民喜
列車/太宰治 ※上野駅
千歳線風景/伊藤整
根室本線/更科源蔵
小海線の車窓/串田孫一
伊那谷の断想 飯田線/岡田喜秋

こんな感じでなかなか魅惑の路線が並ぶ。これ読むと、太宰治なんかは結構な鉄チャンだったのではなかろうか、何て思えて来るのだ。わけあって友人の彼女を上野駅に見送りに、自分の妻と連れ立って出かけたという内容の話だが、その冒頭部分はこんな風になっている。

一九二五年に梅鉢工場という所でこしらえられたC五一型のその機関車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛と、食堂車、二等客車、二等寝台車、各々一輛ずつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨物三輛と、都合九つの箱に、ざっと二百名からの旅客と十万を超える通信とそれにまつわる幾多の胸痛む物語とを載せ、雨の日も風の日も午後の二時半になれば、ピストンをはためかせて上野から青森へ向けて走った。...太宰治「列車」より引用

幼い頃からその友人と恋愛関係にあった彼女は、都会へ出た友人を頼って結婚を反対されている親元から逃げて来た。しかし友人の恋愛感情は既に冷めており、彼女を郷里へ返すことにしたのである。

私は、まのわるい思いがして、なんの符号であろうか客車の横腹へしろいペンキで小さく書かれてあるスハフ 134273 という文字のあたりをこつこつと洋傘の柄でたたいたものだ。...太宰治「列車」より引用

上記は、太宰が友人の彼女に対して何もかける言葉が浮かんで来ずに、困り切っているあたりの描写だ。ちなみに、汽車に乗りこれから青森へと帰る彼女は「テツ」さんという。太宰の「列車」は青空文庫でも読める。

関連リンク:

http://d.hatena.ne.jp/rolling_avocado/20120924/1348492360

http://naru-23.blog.ocn.ne.jp/matsunaru/2012/08/post_c0f1.html

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コメント(2)

musashimarumaru 返信

太宰治は鉄チャンだったという話、私もそう思います。
三鷹の陸橋(跨線橋)ではよく風景を眺めていたそうです。
(この跨線橋は太宰治のゆかりの地となっています) 跨線橋から下を走る電車を見に来たのでは?と思っています。
「むかしの汽車旅」 読んでみたいです。

H.Kuma 返信

musashimarumaruさん、こんにちは。

確かにあの陸橋は、行き交う色々な列車を眺められるベストポジションですね。
してみるとやはり太宰治=鉄チャンは正解かも知れないですネ。

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