門前町にある、電停のような小駅を作ります
(訪問記「門前町のXX」は、XX部分に各話のタイトルを埋め込んで脳内変換願います)

門前町のXX(Vol.7)

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13. カフェの夫婦

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1ヶ月後、ある程度乗ったら一度自転車を持って来てと店主に言われていたので店を訪問し、ブレーキ等の馴染みを微調整してもらった。帰り道、店の前でサドルに跨ろうとしていると、隣の家のガレージから大きな音が響いて来る。気になって自転車を押しながらそっと覗いて見ると、何やら若い夫婦が車の脇で工作をしているようだ。その奥さんの方がこちらに気づいて「あら?」と声をかけて来た。よく見るとそれは古民家カフェの店員さん、その後あのテラス席が気に入って何度か通っていたので顔を覚えられてしまったようだ。

「お近くなんですか?」「ええ、そこの駅前の家に下宿を」

「あぁ、大家さんとこですか」「はい、俺にとっては」

「いや、我々にとっても大家さんなんですよ、店の建物借りてるんで」作業の手を止めて、旦那の方がにこやかに教えてくれた。

そう言えば先日の消防団反省会でそんな話が出ていたな、と思い出す。

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「音がしてましたけど、何か作ってるんですか?」

「うん、店に出す新しい土産物を試作しようと思ってましてね」

「へえー、どんな?」

「おっと、まだ内緒です。企業秘密(笑)」

「はは、そうなんだ」

秘密とは言いつつ、材料となるだろう古びた木材の切れ端が目の前に何本か転がっている。どこかで見たような色合いだが、それが何なのかこの時は判らなかった。

「店に出るまでのお楽しみという事で」

「意欲作ですか?」

「ゆくゆくはここらの名物にしたいんでね」

元々ただの古い土産物屋だったあの店、若夫婦が受け持つようになって、色々と商店街活性化の為にも動いてくれているようだ。和風なカフェを併設して人が集まりやすくしたのも、その一端であるらしい。

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「じゃあ、またお店行きますね」

「はぁーい。お待ちしてます」

その後、電車みちから大神宮のお山の坂まで行き、そこを何度か登り降りしてみてブレーキの様子を確認後に帰って来た。帰路は主に線路沿いの道をグルッと周って走ったのだが、たまたまやって来た電車と競争したりして、幼い頃から慣れ親しんだ沿線風景の名残を惜しんだ。この区間ももうすぐ地下移転で無くなってしまうのかと考えると、少し寂しい気持ちになるな。

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14. 駅最終日

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ついにその日がやって来た。明日から水神森線の水神森〜大神宮駅間は地下の新線に切り替えとなり、この既存区間の途中にある参道駅は消滅してしまうのだ。その代わり新線の方に地下駅が新設されるが、そちらは「大神宮下」(だいじんぐうしも)駅と命名された事が発表されている。既に工事は完了しており、ピカピカの駅は明日の営業開始を待つばかりとなっているようだ。

俺は最終列車を見送ろうと入場券を買って駅に入り、カメラを持って小さなホームに立っている。昼間はお名残り乗車で地元客や鉄道ファンで混雑していたが、さすがにこの深夜となると人影は少ない。水神森駅であれば見送った後に接続しているJRで帰れるが、こちらは陸の孤島となってしまうので、地元の人でないと無理があるからだ。

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駅は深閑として静まり返っている。踏切側のホーム先の方にマニアっぽい人達が何人か陣取っている以外に人影は無い。先ほど上り最終電車が発車して行ったのを見送ったから、あれが水神森で折り返して下り最終として戻って来る。泣いても笑っても、それがこの駅を出る最後の電車なのだ。

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「おい、シンちゃん」後ろから突然声をかけられて少々驚いた。「えっ!」と振り返る視線の先に、懐かしい人物がいるではないか。

「しっ、師匠!」「おいおい、今さら師匠はやめてくれ」

笑いながら言葉を返すその人は、俺の写真の先生、旧写真館の店主だった人物なのだ。

「久しぶりですね。先日も隣の書店までは行ったんですけど」

「何だ、寄ってくれれば良かったのに」

「もう閉店しちゃってるから悪いと思いまして。今日は師匠もお見送りで?」

「ああ、見届けようと思ってさ」

「身体は大丈夫なんですか?」

「ここんとこ良くてね。そのカメラ調子どう?」

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師匠は平戸書店の隣にある写真館の店主だったが、体調を崩して数年前に店を畳んでしまった。俺は写真屋主催の撮影会などに参加して懇意にしていたので、店仕舞いの片付けを手伝いに行った折に、展示品のカメラを1台譲ってくれたのだ。

「抜群ですよこれ。やっぱ本物は違いますね」

「そりゃ良かった。大事にしてくれて嬉しいよ」

「先日も水神森駅近くのビル屋上から狙ったんだけど、シャッターの切れがいいですね」

「そうかい。予備校のビルだろ?オーナーの親父さん元気かね?」

「はい。師匠とも確か知り合いでしたね」

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そんな話をしているうちに我が下宿の大家さん夫婦も様子を見にやって来て、他に消防団の面々や付近の住民もチラホラと集まり、ホームはそこそこの賑わいになっていった。

「えー、まもなく大神宮、青砥ヶ谷方面の最終電車が参ります」

普段は自動放送だが、珍しくスピーカーから肉声でアナウンスが流れる。今日は最終列車後の後始末などあるからか、特別に駅員が出張して来ているようだ。だがその駅員氏、最終列車見送りの為ICカードで入場し帰りに自動改札でエラーになる人続出で、後処理に忙殺されるという事態が待ち受けているのは、知る由もないのであった。(続く)

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コメント(2)

musashimarumaru 返信

大神宮下は「だいじんぐうした」ではなく「だいじんぐうしも」だったんですね。地下駅だから大神宮の下にあるのでそうなったのかと思っていました。昔のドリフのコントで家の下が駅になってしまったという話があって、反対していたがついに開通。家の中を乗客は通り抜け、駅名は「いかりや下」だったというオチだったのを思い出しました。(果たしてどれくらいの人がわかるだろうか...)
 新しい土産物は何だろうか? 自動改札のエラーは入場券を買って入るのが正しかったのでしょうか。記念にもなる、あっ出るとき回収されるか。昔、地元の鉄道のさよなら運転では、一駅間の往復運転でしたが、何回のっても無料だったような、自動改札も改札すらなかった。思い出しました。

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