門前町にある、電停のような小駅を作ります
(訪問記「門前町のXX」は、XX部分に各話のタイトルを埋め込んで脳内変換願います)

門前町のXX(Vol.4)

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7. 和カフェ

例大祭が明けて何日か経ち、参道に並んでいた屋台も片付けられて街に静けさが戻って来た。思い返すと、喧騒の中でゆっくりと進む山車や、子供神輿の元気な掛け声が記憶の中で蘇る。大家のおじさんも氏子代表とかで、仕事合間の少ない時間をやりくりして祭りの会合に出たりしていたので、なかなか会話をする機会がなかった。一段落したら話を聞こうと思っていたものの、祭りが終わった途端、気が抜けたようになって寝込んでしまった。おばさんによるとそれは毎年いつもの事で、放っておけばそのうち治るから心配ないそうだ。

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今日は大学が休講だし大家さんも家にいるようなので、駅誘致の頃の話を色々聞いてみたいと考えていたが、そんな具合で時間を持て余している。

「そうだ、お茶でも飲みに行ってみるか」

先日の電車から発見した土産物店の和カフェが気になっていたので、いい機会だから行ってみようと思い付き、例によっておばさんに声をかけてから家を出た。

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下宿前の路地を抜け、参道へ出て踏切を渡る。目の前には大鳥居が迫っているが、それにしてもいつも思うのはこの鳥居、あまりにも線路に近づき過ぎではないか?という事。いや、はるか昔から鳥居はここにあったのだから、問題は後からここに線路を通した鉄道の方、それは本屋のオーナーさんも話していた事だ。そんなことを思い出しながら鳥居を潜れば、すぐ左手に件のカフェがある古い蔵造りのお土産屋が現れる。

「こんにちは...」「いらっしゃいませー」

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いつも店の前は通るが、お土産屋にあまり用事がないので実際ここに入るのは初めてだ。店は若い夫婦が営んでいるようで、明るい奥さんの方が接客をしている。

「お茶をいただきたいんですけど、裏のテラスでちょっと」

「展望席ですね?ただいま相席になりますがよろしいでしょうか」

「あ...ええ構いません」

そうか、電車が展望出来るので展望席というのか。奥さんは庭の先客に了承をとって来てくれた。オーダーを済ませて裏口から庭へ、小ぶりな展望席... というよりほぼ縁台だね、そこに初老の男性が一人寛いでいる。

「お邪魔します」「おぉどうぞ。今日は陽気もいいし気持ち良いですね」

よく見ると、その老人は先日の電車の窓から見かけた人のようでもあった。

「いつもいらっしゃるんですか?僕は今日初めてで...」

「ふふふ、近くなもんで。大体一日おき位には来てるかも知れませんね」

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話しながら線路敷の方に目をやる。近く廃止されてしまう運命にある線路は、あまりお金をかけずに半ば放置されているようだ。枕木はPCでなく木製のままだし、バラストも茶色く汚れ、だいぶ草臥れている。おまけに線路向こうの敷地も雑草が生え放題だ。

「お抹茶セットお待たせしましたー」

本格的な抹茶がお盆に乗って運ばれて来る。脇には大好きな練り切りが添えられていた。お茶を一口飲んでみる。

「...はぁ、沁みますね」

「ここのは美味いよ?青年!」

「うん、ほんとうに」

「香りがよく味はまろやかだし、旨味が濃厚で後味もスッキリさ」

心地よい風に吹かれ、時々通過してゆく電車を眺めながら、美味しいお茶を味わいつつ午後の時間がゆっくりと流れて行った。

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8. レトロな薬局

ある日の学校帰り、駅を降りて改札を出ると、参道向かいの薬局前に見覚えのある初老の男性が箒と塵取りを持って立っていた。

「あれ?先日の...」「おぉ君か、青年!」

先日お茶をいただいた展望席でご一緒し、すっかり打ち解けたあの人だ。

「こちらのご主人だったんですか?言ってくれれば良かったのに」「ふふふ、近くだとは言ったよね?」

「近いも何も、近過ぎじゃないですかぁ」「ちょっと寄っていかんかね?鉄道好きなんだよね?」

「えっ何で分かるんですか?話しましたっけ?」「分かるさ。だってこの間お茶飲んでる時、電車ばかり見てたじゃないか、青年!」

「まぁ図星ですね。で、ご主人も鉄道ファンで?」「わしは違うけどね」

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薬局のガラス戸を開け、中に招き入れてくれるご主人。普段は近くのドラッグストアで済ましてしまうので、その薬局を利用した事は無かったけど、建物がとてもレトロな雰囲気で気にはなっていた。店内は独特な匂いが少し漂っているが、そう言えばここは漢方を扱っている薬局だ。売場のカウンターを通って廊下に上がり、裏手の階段から2階へ。

「お店大丈夫なんですか?」

「うん、誰か来たらチャイムが鳴るからすぐ分かるさ。滅多にお客さん来ないけどね」

階段を上がってドア奥の部屋へと案内してくれた。中に入ると、薄暗い部屋には正面の窓から鈍い光が差し込んでいる。

「おや?この窓は...、あぁ、あそこになるのか」

それはお店正面の2階に3つ並んでいる、意匠を凝らした上辺が丸い特徴的な窓だった。

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「これを見て」「はい?」と振り返ると、今入って来た扉のある壁一面に、たくさんのポスターが貼ってある。

「うわ~いっぱいありますね。これは?」「観光案内図というやつさ。コレクション」

「あぁ、鉄道会社が昔よく出してた沿線案内ですね?」

と、壁の上の方を見ると、そこにはひときわ大きな路線図が飾ってあった。

「立派なのもあるんですね。あれ?でもこれどこかで見た気がするぞ?」

その路線図を良く見てみると、古い書体の漢字で見覚えのある駅名が書かれていた。

「あっ!これ水神森駅に展示してあるやつと同じじゃないですか」

「そう、キドーセンの。うちのはレプリカだけどね。有名な吉田初二郎先生の鳥瞰図だから貴重だよ?」

薬局のご主人、電鉄に知り合いがいるらしく、水神森駅改修の際に壁に掲示されていた沿線案内図が廃棄されると聞き、貴重な品だからと保存するよう強く働きかけたんだそうな。それで目出たく保存が決まった際に、その記念に本物そっくりな複製品を贈呈されたというわけだ。

「でも何で路線図なんか集め始めたんですか?」「いや、元々は歴史的な薬の紙箱とか集めてたんだけどね」

そう言われて部屋中央のテーブル上を良く見ると、ケースにたくさんの薬箱が陳列されている。

「あぁ、商売柄ですね。で路線図のきっかけは?」

「ある時、新聞の付録で沿線案内図の復刻版が頒布されたんで、これも集めたら面白いんじゃないかと思ってさ」

話しているうちに下の階からチャイムの音が聞こえてきた。

「おっとお客さんだ、珍しいな。ちょっと行って来るんでゆっくり見てって」

そう言ってご主人はドアを開け、階段を降りて行った。近くにこんな蒐集家がいるなんて知らなかった。かなり珍品の路線図もあるようなので、そのうち写真でも撮らしてもらってネットで公開しようかな?(続く)

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コメント(2)

musashimarumaru 返信

建コレベースの建物ですね。シンちゃんも座っている。沿線案内板も以前気になったいたものです。水神森駅と話がつながっていたのですね。沿線案内板の拡大版も見たいです。

H.Kumaからmusashimarumaruへの返信 返信

沿線案内図は水神森駅を制作した際、実際に駅に貼り付けた物の原稿があるのですが、小さいものですし、あまり考えず適当に雰囲気で描いたので公開できる代物ではありません(笑)よく見るとストーリーとちょっと不整合な部分もあったりして…(汗)

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