13. カフェの夫婦
1ヶ月後、ある程度乗ったら一度自転車を持って来てと店主に言われていたので店を訪問し、ブレーキ等の馴染みを微調整してもらった。帰り道、店の前でサドルに跨ろうとしていると、隣の家のガレージから大きな音が響いて来る。気になって自転車を押しながらそっと覗いて見ると、何やら若い夫婦が車の脇で工作をしているようだ。その奥さんの方がこちらに気づいて「あら?」と声をかけて来た。よく見るとそれは古民家カフェの店員さん、その後あのテラス席が気に入って何度か通っていたので顔を覚えられてしまったようだ。
「お近くなんですか?」「ええ、そこの駅前の家に下宿を」
「あぁ、大家さんとこですか」「はい、俺にとっては」
「いや、我々にとっても大家さんなんですよ、店の建物借りてるんで」作業の手を止めて、旦那の方がにこやかに教えてくれた。
そう言えば先日の消防団反省会でそんな話が出ていたな、と思い出す。
11. 電停
そんな経緯でようやく出来た駅だが、限られた土地に無理をして作った面は否めなく、非常に簡素な造りでホームも狭い為、付近の住民からは電停と呼ばれる事も多かった。そしてその性格上、シーズンにより利用者の片寄りも著しく、通年の営業成績としてはなかなか厳しいものがあったようだ。そうした駅は他社も同様だが、時代と共に合理化という名の元に無人駅へと運用が変わって行くのも無理はない。地元商店会としても電鉄から打診があった時にそこは致し方なく、駅舎の一部リニューアルを交換条件として無人化を受け入れるしかなかったとの事。そのリニューアルとは無人化対応としての施設改良を含む必要最低限のものだが、それで正面の見てくれだけは妙に近代的な駅となって今に至るのだ。
9. 消防団
「ねえ、大家さん」食堂でテレビを見ながら話しかける。
俺は下宿先のご主人の事を「大家さん」と呼んでいる。もちろん苗字は分かっているが、それだと妙に余所余所しいし、逆に「おじさん」だと馴れ馴れし過ぎるかな?と思っての事だ。おばさんの事は「おばさん」と呼べるのに、何か変だなとは思いつつ。
「ねえ、大家さん」「ん?何だいシンちゃん」
「駅誘致運動の頃の話を聞きたいんだけど」
「あぁ、前に言ってたっけね。でもゴメン、今日は訓練があって夜まで時間無いな」
「訓練って何の訓練?」「消防団さ」
「へっ?」「消防団!地域の消防隊だよ」
「いやそれは分かるけど、大家さん何歳だっけ」
「老いぼれって言いたいのか(笑)別に消防団って青年会が団員務めるとかの仕来りは無いんだぜ?」
7. 和カフェ
例大祭が明けて何日か経ち、参道に並んでいた屋台も片付けられて街に静けさが戻って来た。思い返すと、喧騒の中でゆっくりと進む山車や、子供神輿の元気な掛け声が記憶の中で蘇る。大家のおじさんも氏子代表とかで、仕事合間の少ない時間をやりくりして祭りの会合に出たりしていたので、なかなか会話をする機会がなかった。一段落したら話を聞こうと思っていたものの、祭りが終わった途端、気が抜けたようになって寝込んでしまった。おばさんによるとそれは毎年いつもの事で、放っておけばそのうち治るから心配ないそうだ。
5. 下宿屋
ガラガラっと玄関のガラス戸を開け「ただいまー」と声をかける。
「お帰りぃ。お風呂沸いてるからどーぞ」
居室の方から顔を覗かせるおばさん。
「うん、風呂入った後ちょっと話いい?」
「あらまぁ、恋愛相談かな?笑」
「いや、違うって」
風呂から上がると下宿生達の食堂代わりとなっているリビングへ、と言っても隣室の学生は短期留学中で不在だから、ここんとこは実質俺と大家さん夫婦の家族世帯みたいになっている。キッチンで料理をしていたおばさんは、俺に気づくと火を止めてテーブルへやって来た。