11. 電停
そんな経緯でようやく出来た駅だが、限られた土地に無理をして作った面は否めなく、非常に簡素な造りでホームも狭い為、付近の住民からは電停と呼ばれる事も多かった。そしてその性格上、シーズンにより利用者の片寄りも著しく、通年の営業成績としてはなかなか厳しいものがあったようだ。そうした駅は他社も同様だが、時代と共に合理化という名の元に無人駅へと運用が変わって行くのも無理はない。地元商店会としても電鉄から打診があった時にそこは致し方なく、駅舎の一部リニューアルを交換条件として無人化を受け入れるしかなかったとの事。そのリニューアルとは無人化対応としての施設改良を含む必要最低限のものだが、それで正面の見てくれだけは妙に近代的な駅となって今に至るのだ。
本日は町内会で行なっている駅の自主清掃日、概ね週に一回のスパンだが、町内の当番制なのでうちに回って来るのは大体2カ月おき位のペースだ。もちろん大家さんに替わって若い下宿生のうちらが請け負っているが、今は自分一人なので少々大変ではある。でも鉄道に興味のある俺としたら、駅施設をメンテナンス出来るなんて又とないチャンスで、色々勉強しながら楽しく作業をさせてもらっているのである。
駅へは専用のカードを使って入構し、まずは駅舎内の清掃。駅務室内も鍵を預かっているので入れるが床を掃くぐらいで、そこにある機器類を触ることは一切禁止だ。無人化の際に遠隔から客対応をするため通信設備などが追加されていて、元々駅員一人だけの配置だった室内はかなり手狭になっている。次は改札からホームへの通路点検で、階段の簡易リフトもちゃんと動くか動作チェックを行なう。そしてホームの清掃と水撒き、これはホームがあまり広くないのでそれ程時間はかからない。但し、ホーム端の方に雑草が生い茂りやすいので、時々は草刈りなんかをやる事もある。
ベンチも拭き掃除して構内が一通り綺麗になったら、次は改札の外だ。昨今、券売機を使う人は然程多くないが、出札口あたりにゴミを置いてく輩もいるので、確認と清掃は不可欠だ。特に駅正面は無人化の際に大分綺麗になったので、心情的にあまり汚されたくは無い。風雨避けの透明パネルも汚れると目立つので、手抜きの出来ない部分ではある。そこが済んだら最後に駅舎右手に回る。駅舎も、改修前の状態が残る側面から見ると昔ながらの造りで、壁面貼り付けのタイル装飾などがそこはかとなく昭和感を漂わせている。
その駅舎奥手にある駐輪場とトイレを最後に清掃。自転車は通学生中心で割とマナー良く停められているが、時々落とし物などを発見する事もあり、先日も黒いバッグが落ちていたので事務所へ届けておいた。トイレも駅舎と同時期にリニューアルされ、私鉄小駅としては不釣り合いな位の綺麗な設備なので、丁寧に掃除してピカピカを維持したいところだ。
以上で清掃が終わったら用具を片付けて手を洗い、下宿へと帰る。その前に和菓子屋の店頭でソフトクリームをいただくまでが最近のルーティン。シンプルなバニラがお勧めだが、ここのは軽くふわっとした食感とミルクの味が濃厚なのが特徴で逸品、界隈では人気も出ているらしい。但し、女子高生の映え写真狙いで設置したベンチは学校帰りの小学生がたまに遊んでるくらいで、おやじさんの企ては今のところ実を結んでいないようだ(笑)
12. 自転車屋
学校へ通うのに、今は下宿と駅が近いのでそのまま電車に乗れば済むのだが、近く水神森線が地下化されると参道駅は廃止され、地下線の方へ移転となってしまう。新駅の駅名はまだ発表されていないが、参道の最寄りではないので残念ながら今の名称は使われなくなるものと予想している。まあそれは仕方ないとして、地下線の新駅は下宿から少し距離がある所に出来る。それで、駅までの移動手段として自転車を購入しようと考えた。
安いから最初はネット購入とかでいいか?と思っていたが、前に水神森駅で会って一緒に廃線跡巡りをしたネットの友人にメッセージで相談した際、後々を考えると自転車店の方が良いとアドバイスされたので、近くの店で買う事にした。電車みちの書店向かい側にある古びた自転車屋だが、友人も過去にそこでスポーツ車を買ったそうで、彼によれば店主のおっさん、腕は確かだとの事である。
学校の授業が無い平日の午後、おそるおそる「こんちはー」と店に入る。
「はい、いらっしゃい!」
正直、自転車屋の店主というと気難しいか無口のどちらかだと妄想していたが、予想外に明るい返答が帰って来て内心ホッとした。特に車種とか決めずに行ったので、用途を話して諸々見繕って貰った結果、クロスバイクという物に落ち着いた。とりあえずその場で展示車に跨ってみて購入を決めたのだが、好みの色の在庫がなかったので、取り寄せてもらう事にしてこの日は帰って来た。
数週間後、納品されたとの連絡を受けて自転車屋へ。
「おう、シンちゃん、お待ちどうさま」
実は納車までの間に何度か店を訪れてグッズ等を買って(買わされて?)いたので、店主とはすっかり気心が知れる仲になってしまった。
「どうだい、いい自転車じゃないか」
目の前には俺の好きな緑色のフレームをした自転車が飾られている。
「うん、いいですね、この色にして正解」と、新たに手に入れた自転車に乗ってみる。前に同形車に跨ってみているのでさすがにサイズはピッタリだが、その場でサドルの位置を多少調整してもらった。各部の操作やメンテナンスについて一通り説明を受けた後、
「ちょっと道を流してみていい?」と、そのまま店の外へ出ようとすると店主が慌てて「あっ、ちょっと待った!」
次の瞬間、「プァン!」とタイフォンを鳴らして目の前の視界に電車が滑り込んで来た。おっと危ない危ない、電車みちに面したこの自転車屋、店のすぐ前を線路が通っているんだった。
「あれ?」店の玄関で自転車を持ったまま見送る電車が、何だかいつもの車体と違って一回り小さいのに気づく。
「あぁ、これが1500形ってやつか。写真撮り損なったな。」
話には聞いていたが、この線が地下線化された後、短縮されて残った区間で運行されるコンパクトタイプの新形式だ。地下線化後に参道駅前後の区間は無くなってしまうのでここは走らない筈だが、電車の慣らし運転も兼ね、全線を使って動かしているらしい。
その後、自転車の試走は問題なかったので精算を済ませ、散歩を兼ねて少し遠回りをして下宿に帰って来た。盗難が心配なので、おばさんには暫く玄関の三和土の所へ置かせてもらう事で了解をもらってある。(続く)
musashimarumaru 返信
さすが自転車屋さんについてはお得意ですね。新しい駅までは距離があるのですね。
H.Kumaからmusashimarumaruへの返信 返信
まぁ、歩いて行けない距離でもないんでしょうけどね(笑
自転車屋を引っ張り出す為にこんな展開にしてみました。