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第10章 日南・志布志編

 「えびの1号」は吉松から進行方向を変え、しばらくは川内川の造った山間の平地を東進する。多少もやってはいるが、時折薄日も射すのどかな田園風景が広がっている。左手には、さっき通ってきた矢岳越えの山並みが間近に見え、その頂には雨を降らせた雲がかかっている。
 右手には韓国岳をはじめとする霧島連峰のシルエットが見えている。前景には飯盛山、白鳥山、甑岳。背後には雲を頂いた韓国岳、尖がった山容を見せる夷守岳、等々。それぞれに特徴のある姿だ。
 えびの市を過ぎ、小林市あたりまでくると、天を突くような高千穂峰が現れた。これらの火山地帯のすそ野を巻くようにして、吉都線は進む。やがて山越えの緊張も解け、霧島には高校の修学旅行で来たはずだったが、などと多少の思い出にふけるうち、11時51分、都城に到着した。

 駅前に立つと本格的な雨であった。この旅行で初めて傘のお世話になる。昼時でもあり、食事をしたいと目抜き通りを歩いてみるが、県下有数の都市であるのにまともに開いているのはパチンコ屋だけというありさまで、収穫はなかった。今日が日曜日だからなのか、いつもこうなのかはわからない。駅弁の幕の内も何か個性に乏しく、結局ホームの立ち食いで済ませる。黒くて太いとろろ入り蕎麦で、汁は色も味もあっさりしていた。シンプルな立ち食いの方が、安くて地方色が感じられるのは有りがたい。
 やがてうすら寒い雨模様の中に踏み切りのカンカンという音が響いて、快速「錦江8号」が入線。ヘッドマークを付けた交流電車である。昨日「彗星」を延岡で下車して以来の日豊本線と再会して、13時05分に発車。雑木林で埋まった深い谷間をぼんやりと眺める。今日も早起きをした。

 13時56分、南宮崎着。ここで本格的な食事をもくろんでいるが、腹を満たす前に、まずフトコロを補給せねばならない。昨夜熊本で、スケスケのお姉さんと一杯やったおかげで、財布の中身がやや心もとなくなっている。幸い南宮崎は、宮崎に付随するかのようなその名に反してなかなか立派な町で、日曜日だから銀行は閉まっているが、VISAカードのキャッシングコーナーが苦も無く見つかった。
 駅前には「宮交シティ」があり、宮崎交通の手によるショッピングゾーンになっている。なかなか賑わっていて、飲食店の前には行列ができている。また食いっぱぐれかと思案していると、駅ビルの並びに、キシ(ディーゼル特急の食堂車)を改造したスパゲティ屋があったので入ってみた。「車内」から見た窓外はすぐホームで、実際の食堂車と大して違和感がない。唯一の違いは、ホームとの間に無骨なフェンスが建てられていることだが、フェンスの向こう側とこちらとでは、キシにとっては境遇が大違いであろう。反対側の窓から見る眺めは駅前通りで、背の高い椰子の木がずらりと並んで植えられていて壮観だ。

 15時07分発の日南線志布志行は、宮崎始発でほとんど満席に近かった。車両はクロスシートとロングシートが混在したキハ40で、近郊型と長距離型のアコモデーションが混在した、地方線区ではおなじみの設計だ。

志布志湾 
 
 ビロビロとエンジンを鳴らして発車。間もなく左手に宮崎空港が見えてくる。滑走路が、線路とほぼ直角に伸びている。エプロンに駐機する全日空の767や、ファルコンらしき小型機の姿も間近に見える。
 運動公園駅を出たところで前方に山が立ちはだかるが、300R並みの急カーブで日向灘へグイと顔を向ける。子供の国、青島と続く駅名は、南国に来たなと実感させる。伊比井から山へ分け入り、谷之城トンネルで低い分水嶺を越えた。勾配が変わり、エンジン音が軽くなって一気に駆け下りる。
 16時23分、油津。志布志到着は17時46分だから、まだ半分しか来ていない。タブレットと腕木式信号機が生き残るローカル線の車中は贅沢な退屈と睡魔に満ちており、眠気覚ましに最前列に陣取る。ひたすら勾配標識を追ってみたが、最高でも30パーミルでどうということはなかった。上下列車交換の停車のたびにホームに降りて一服。
 再び海に沿い、かなたに西陽を受けて白く光る志布志湾が見えてきたが、小刻みなカーブが連続するのでなかなか近づいてこない。これから乗ることになるフェリーがすでに接岸しており、そのシルエットがカーブを切るごとに右へ左へとその位置を変える。

 志布志駅は片面ホームの簡素な終着駅で、真新しい駅舎と舗装したてのような駅前広場だけの素寒貧としたところだ。再開発でもやろうとしているのか、それでいて人の気配も活気もない。振りかえると、かつてのヤードが草ぼうぼうのままで広がっていて、腕木の撤去された信号機柱だけがいくつも並んでいるのが見える。

志布志駅前 
 
 港までの道すがら、地図に記された道は通らずに、ヤードの草むらを突っ切って行くことにした。低い民家の屋並みの上にちょこんと顔を出している、フェリーの赤いフェンネルを目印にしながら、適当に方向の見当をつけて歩いた。時折足に伝わってくる古レールの感触を最後に、九州の鉄道へ別れを告げた。

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