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第6章 熊本にて(その1)

 熊本に着くと、もう薄暗かった。さっき立野で見送ったハチロクが、すでに「あそBOY」のけばけばしい客車を解かれ、構内の一隅で今日の疲れをいやしている。白い息を吐きながら、かいがいしい係員の点検と整備を受ける様子は、レースを追えた競走馬が厩務員からねぎらわれつつ世話を受けているようにも見える。

 昨夜「彗星」の窓を濡らした台風は、九州の西岸を北上して鹿児島本線のダイヤを相当狂わせたようで、客と駅員が何やら押し問答している。それを尻目に改札を出て、酒を求めて市電で中心街へ向かう。特にどこというあても無く、とりあえず一番賑やかそうなところで降りたら、「城前」という電停であった。
 熊本にはほとんどなじみがないのでどの店がいいかはわからない。鼻と勘を利かせながら数件の店を目利きするが、これがなかなか難しい。一人旅がほとんどの私は、その点結構な打率を稼いでいる、と自分では思っている。一人でもそれなりの居場所のある店、落ち着いて一人の時間を過ごせる店。店の前で考え込んでは、やっぱりやめとこう、と歩き出す。これを繰り返すうちに、西銀座という繁華街に入った。

 やがて鼻が働いて、一軒ののれんをくぐった。「この指と〜まれ」という。まだ時間が早いせいか、洋風居酒屋といった作りの店内はあまり混んでいない。
「いらっしゃいませ。お一人様は、こちらで私がお相手することになっております」
いきなりマギー司郎風のマスターが現れ、愛想良く、しかし客に媚びるもないそぶりで、入り口脇のカウンターを指す。
「これはね、バイトの○○ちゃんがオーストラリア旅行のおみやげに買ってきたチョコレート。コアラかカンガルーの肉が入っとります」
 こちらが大阪人と知ってか知らずか、チョコに入ったフルーツをネタにして、いきなりボケをかまされる。
「あっマスター、このカンガルー肉はミディアムレアだね、だってほら、まだ赤いもん」
 すかさずボケを返すとこれがウケて、隣席の常連さんともども大いにノリまくる。

 マスターおすすめのお通しは、鹿肉のソーセージと国産大豆の冷奴。メニューは獣肉を中心に、素材にはこだわっているのだという。一見客を飽きさせない話術の巧みさといい、飲み屋のオヤジとは思えない目の鋭さといい、ただ者ではない。
 会話が身の上話に進むに及んで、その勘は当たったと知った。2年前までは東洋製罐でバリバリの営業マンをしており、親戚に頼まれて脱サラして水商売を手伝ったが、1年間は給料も出ない苦労をするうちにその親戚が先にリタイアしてしまい、自分一人が残って商売を続けているという。あの目の鋭さは、まさに経営者のそれであった。
「昔の上司も応援してくれて、今も飲みに来てくれるけど、そん時言ってやったんです。『昔よく、経営者になったつもりで仕事しろって言われたけど、そりゃウソだ』って。始めから予算もらってそれを使ってるだけなら、そりゃ経営者にはなれっこないですよ。自分で一から稼いで、それで商売しなきゃ、経営者なんて言えない、と。この商売やりだしてから、つくづくそう思いましたよ」

 こだわりのメニューも、客を引き込む話術も、すべては他店との差別化のため。
「始めはね、蝶ネクタイで店に出たんです。でも、それじゃよそと同じだからやめました。食い物屋だから、メニューのことはきちんとやる。そこからのプラスα、これですね」
 そのプラスαを生み出すために、営業マン時代の資質が発揮されているようだ。
「成績の悪い支店をまかされた時は、2ヶ月で黒字にしました。やっぱり、人間関係です。毎月20日になったら、あの人にはカステラ、あの人には花、と必ず取引先に届け物をするんです。新任の支店長が来たときにも教えてやったんです、人に会ったら、あとで必ず礼状を出して、フォローしなさいって。その支店長を取引先に挨拶回りで連れて行く時は、3ナンバーの外車に乗せてハクを付けてやる、なんて演出もしましたね。私は口は悪いけど、そういうフォローもちゃんとやりましたもの」

 苦労話をサラリと語るマスターと、すっかり意気投合して名刺を交換。ぼたん鍋の季節にまたいらっしゃい、と再会を約して西銀座を後にした。名刺は今でも財布に大切にしまっている。

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