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第8章 肥薩線(その1)

 明け方5時。個室A寝台を一回り大きくしたような、ビジネスホテルの一室で目を覚ます。普段は格別寝起きがいい方だとは思わないが、旅先ではいつもこうだ。締め切った分厚いカーテンをちょっとめくってみる。外はまだ暗い。ショボショボと雨が降っている。
 風呂に入ってひげをそり、あがってからかばんの中身を詰めなおす。平日では考えられない手際の良さだが、これも今日一日の行程を控えた、心地よい緊張感のせいか。
 テレビをつけると地元民放のニュースが映る。お国訛り丸だしのコマーシャルを見るのは、旅先での大いなる驚きであり、かつ楽しみなのだが、考えれば大阪でも関西弁でコマーシャルをやっているのだから、方言を面白がるのは一種のエゴであろう。テレビに映る時刻表示と、これから乗るべき列車の時刻を重ね合わせながら身支度を済ませ、6時40分にホテルを出た。いつの間にか雨はあがった。
 新装成ってわずか3ヶ月の熊本駅を一瞥する。まだ高校生だった頃、姉と2人で福岡空港から九州入りし、博多から夜行「かいもん」で未明の熊本駅に降りたことがあった。豊肥本線の一番列車を待つ2時間あまりをここの待合室で過ごしたのだったが、もちろんその面影はない。改札をくぐり、例によってホームの立ち食いうどんで朝食。関西風の薄味に、関東風の濃い色をした出し汁という独特な組み合わせにやや驚く。

 今日の行程は、肥薩線・吉都線、さらに日南線を乗り通して志布志まで行く。昨日に続いて2度目の九州横断で、我ながら忙しいことだ。しかし、残り少ないスイッチバックを始めとする変化に富んだ車窓と、ローカル線の風情を2日間でたっぷり楽しめるのだから、九州の鉄道は楽しい。気楽な旅行者としてはそう思う。
 風景の良い線区だから観光列車が走る。急行「えびの1号」がそうだ。熊本からこれに乗ってしまえば、だまっていても宮崎まで運んでくれる。がしかし、私は「運ばれに」来たのではなく「乗りに」来たのであるから、そういう受動的なことはしない。スジのつながる限り、なるべくいろんな列車に乗りたい。そのために私は1時間以上も早起きをして、定刻7時2分発の八代行に乗った。

 先日来の台風の影響が残っているのか、鹿児島本線はいまだダイヤが乱れ気味で6分遅れて熊本を発車。やがて三角線が右手へ分かれて行くのを見届けてしまうと、後は茫洋とした干潟の風景が広がるばかりで、若干の退屈を30分ほど我慢して八代に到着。いよいよこれから山越えか、と目が醒めてくる。
 八代からの肥薩線が、現在の鹿児島本線(八代〜西鹿児島間)が開通するまでは薩摩へのメインルートだった事は有名だが、その名残は線路の敷き方にはっきりと残っている。地図を見れば、八代を出た肥薩線は、そのまままっすぐに、球磨川に沿って山へ分け入る。一方、鹿児島本線は、「後輩」の礼儀として肥薩線をオーバークロスしてから大きく西へそれて、海沿いのルートをとる。現在の常識からすれば、わざわざ山越えをしなくとも、最初から平坦な海沿いを走らせておけば、と思うのだが、歴史はそれを許さなかった。

 八代で肥薩線のキハ52に乗りかえる。定刻なら7時54分発なのだが、接続の関係か、これまた3分の遅発である。
 車両のくたびれ方はまさにローカル線の鑑(かがみ)で、車端部に陣取ると台車からの突き上げが直接響いてくる。揺れ方も相当なもので、窓際のテーブルに置いた缶ビールが倒れて膝の上をびしょびしょにした。
 列車はよく揺れたが、右窓に広がる球磨川の流れはびくともせず、たっぷり、ゆったりと流れている。深い緑色の川面に寄り添って、赤い帯を巻いた列車は身をくねらせながら次第に登りつめて行く。目指す峠は、まだはるかに遠く、そして高い。

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