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球磨川の対岸には国道219号線が並走する。狭い渓谷を並んで走る余裕はないので、線路が左岸に渡ると道路は右岸に交代し、結局人吉盆地に出るまでずっと向こう岸に見えている。何が何でも球磨川にしがみついていなければならない、運命共同体のようでもある。
ローカル線の風情を堪能するうちに、9時04分、人吉に着き、これからいよいよ今日のメインイベントの人吉〜吉松間へ進む。このスイッチバックの連続する区間を堪能するには地図が不可欠、ということで例によって国土地理院の5万図を持参している。今回は、「人吉」「加久藤」「大口」の3葉を継ぎ合わせてあり、これで人吉〜吉松の全区間をつぶさに眺めることができる。
人吉からは後続の「えびの1号」に乗り継ぐ。編成は2基エンジンの強力型キハ65の3連で、うち2両はグリーン車から流用のリクライニングシート、もう1両もモケットの一部をレザーに張り替えた、アコモ改良車である。精一杯のお化粧直しをした肥薩線の看板列車だが、乗客は少なく定員の2割にも満たない。
9時54分に人吉を出ると右へ大きくカーブし、ここまで導いてくれた球磨川を渡って別れを告げる。すぐ登りにかかり、球磨川の支流である胸川に沿った尾根筋をつたって、勾配25パーミルの連続で高度を稼いで行く。短いトンネルが連続するようになり、いよいよだな、と身構えるうちに横平トンネルに入る。ここを抜けるとループ線の入り口である。
列車は第2ラウンドの「矢岳越え」に向かっているのだが、名にし負う30.3パーミルの連続急勾配にさしかかって列車は鈍足、乗客は少ない。ローカル線の極地といった環境にどっぷり浸っていると、気持ち良くならぬ方がおかしい。ある人はそれを「退屈」と呼び、またある人は「幸福」と表現する。どっちでもいいのだが、私は退屈している暇はなく、地図と車窓とを交互ににらめっこする。列車は尾根や盛り土の上を進み、眼下には谷が切れこんでいて空の上を飛んでいるような錯覚に陥る。その眺望を、列車は遊園地のモノレール程度の超鈍足でじっくり味合わせてくれる。
やがて、その時間を超越したような車内に、焦げ臭い匂いと、甲高い金属音が忍びこんでくるようになった。列車に乗っていてそんな経験をしたことがない私は、初めそれが何を意味するのか、思い巡らすことさえしなかったのだが、じきに異変を知らされることになった。重厚なエンジン音に時折混じる程度であった金属音は、やがて連続した金切声に変わり、焦げ臭い匂いは鼻を突く刺激臭となった。列車はずるずると速度を落として歩く程度になり、ついには完全に停止してしまった。中空を行く一本道の鉄路の真っ只中である。ボックスを占領して寝そべっていた他の乗客も、さすがに身を起こして何事かという顔をする。
空転である。蒸機の昔ならいざ知らず、オール動力車のキハ、それもわずか3連で空転の末立ち往生とは。30.3パーミルの勾配は、やはりそれほど厳しいものか。昨日眺めた立野のスイッチバックは33.3パーミルある。それに比べれば楽なはずだが、大畑を出た後で急に振り始めた大粒の雨のために、レールの踏面が滑りやすくなっているようだ。
とにかく、これほど悪戦苦闘の末の空転・停止では、再起動は難しいかも知れない、ひょっとしたら大畑までバックするかと思われたが、どのような処置を施したのか、数分の停止の後、列車は再び前進を始めた。トンネルに入るとレールが乾いているので勢いが付き、ようようのことで矢岳駅に到着した。