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第5章  南阿蘇鉄道 高森〜立野

高森駅外観 
 

 海抜820m地点からトンネルで外輪山を抜け、一気に260m下って、13時24分高森駅前に到着した。高千穂から1時間24分、ほぼ定刻通りだ。
 駅前は広場が整備されてすっかり新しくなっていた。駅舎は木の温もりを生かしたメルヘン調のデザインで、とんがり屋根の時計台はちょっと遊園地風でもある。以前、国鉄高森線時代に訪れた際は、プレハブのようなにわか作りの駅舎から、小雨模様の細い駅前通りを乗客たちが三々五々散っていったように思ったが、そんな寂しい面影はすでにない。

 南阿蘇鉄道の発車は13時44分で、これまた好接続だ。一般道を走るバスの運行時刻は鉄道よりもかなりブレが大きいから、多少の余裕が必要な事を考えると、20分の接続というのはドンピシャと言って良い。
 これから乗る列車のスジは、本来ならご自慢の「トロッコ列車」が走るのだが、今日はあいにくの天候のためにレールバスに変更されている。屋根が無いも同然のトロッコ列車は、雨に弱い。

高森駅ホーム 
 
 それは仕方ないのだが、車両はレールバスに変更されていてもダイヤはトロッコ列車のままだから、発車したものの大変な鈍速である。通常の列車は立野までの17.7kmを30分少々で走るが、トロッコ列車は50分以上を要する。表定速度は20km/hにも達しない。自転車でも追い抜けるだろう。軽快さが身上のレールバスは、さすがに力をもてあまし気味である。
 運転士もさぞかしフラストレーションがたまるだろう、と心配したが、これははずれた。高千穂鉄道と同様、車窓の観光案内に、停車駅周辺の名所案内にと、マイク放送で忙しく営業努力に勤しんでいる。

阿蘇山を望む 
 

 ごろごろと動いては各駅ごとに停まっていく。高千穂から外輪山越えへと、「初乗り」の区間は文字通り峠を越したので緊張がゆるみ、昨日からの旅の疲れもそろそろ出始めた。平坦な南郷谷の水田風景をぼんやりと眺める。雨雲の合間から、阿蘇五岳が見え隠れしている。
 沿線随一のハイライト「白川鉄橋」にさしかかると、鈍速列車はさらに最徐行となり、険しい渓谷の迫力を堪能させてくれた。以下、宮脇俊三氏の著作から引用させて頂く。

白川鉄橋 
 

「長陽を過ぎ、トンネルを抜けると、ほんの数秒ではあるが景観が一変する。密度の濃い原生林に被われた狭く深い谷を鉄橋で渡るのである。いままでおとなしかった白川が、ここで躁病の発作を起こしたように外輪山を突き破って熊本平野へ流れ下ろうとしており、千尋の谷とはこんな所を指すのだろうと思わせる。架けられた鉄橋の名は第一白川橋梁、高さ65mで、けさ渡った高千穂橋梁ができるまでは日本一高い鉄橋であった。しかし、あちらが中空を行くような広々した感があったのに対し、こちらは狭く深い谷なので、別種の凄味がある。もっとも、こんどは臨時停車せず、一気に対岸のトンネルに突入して、立野に着いた。」(「汽車旅12ヵ月」新潮文庫)

 けだるいような昼下がりの一時間を過ごして14時38分、立野に到着。豊肥本線と南阿蘇鉄道が向かい合わせで発着する島式ホームに立つと、初めてここを訪れたときの感激がよみがえってくる。大晦日に新幹線と夜行「かいもん」を乗り継ぎ、熊本駅の待合室で仮眠のあと、元日の下り始発列車で、まだ夜も明けぬこのホームに立った。あれからもう何年経つのだろうか。
 今日の立野駅は、折りから上下列車の交換があり、土曜日の下校時と重なって、ホームは高校生達でひとときの賑わいを見せている。
 駅前の大衆食堂で本日2度目の昼食。さすが九州、と思わせるトンコツラーメンで気合を入れる。これから、大正生まれの老兵「ハチロク」が牽引する豊肥本線の名物SL列車「あそBOY」の撮影である。鉄道雑誌によれば、車内や乗務員の服装はなぜかウエスタン調でまとめられているそうで、これにあわせて阿蘇駅の駅舎まで、西部劇のセットのようなデザインに改築されてしまった。

 あと30分もすれば、大分からの上りのSLが到着する。まずは停車中の列車全景を撮りたいと思い、適当に見当をつけては家々の路地に侵入して、ホームを向い側から見下ろせる絶好のポイントを見つけておいた。さらに、坂道を上り降りし、棚田の斜面をよじ登ったりしながらロケハンを続ける。
 やがて、はるか斜面の上方を、阿蘇方面からの列車が通過して行った。下り勾配なので煤煙はほとんど出していない。目星をつけておいた、最寄りの踏切地点へ急ぐ。

「あそBOY」熊本へ出発 
 
 列車は外輪山の中腹でいったんスイッチバック線に入って停止し、今度は降り返しの後退運転で立野へと進入してくる。機関車を最後尾に33.3パーミルの急勾配を下ってくる様子は、まさに「頭上から降ってくる」とでも形容したい迫力があり、自分としては珍しく興奮しながらシャッターを切った。さらに安心する間もなく、今度はさっき見つけておいたホーム向かいのポイントへ、500mばかり全力疾走である。立野での停車時間は5分しかない。何とか狙い通りのカットを収め、「ヒョーッ」という、語尾の下がる頼り無げな汽笛を残して列車が出て行った時には、ガックリと力が抜けた。

 フェリーと第3セクターを乗り継いでの旅もここで一段落。ここから先はJR九州のお世話になる。高校生も、SL列車の観光客もいなくなった立野駅で、明日の目的地である志布志までの通し乗車券を購入する。いまどき珍しくなった手書きの普通乗車券は、3日間有効で運賃が5,970円。豊肥「本線」という名のローカル線の収益に、多少とも貢献出来たことを喜びつつ、16時44分発の熊本行きに乗った。夜行明けの身体にムチ打って走りまわったのですっかり疲れてしまい、熊本までの車中はウトウトして過ごした。

立野駅ホーム 
 

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