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証言36. お化けに怒られた

 時は、1960年代半ば過ぎ。
 所は千葉県、習志野市にあった谷津遊園。
 この近くに、従兄弟の家があった。
 夏休みに泊まりに行くのが、私が小学生時代の年中行事だった。
 少し足をのばせば潮干狩りや、ハゼ釣りが出来る環境であり、なにより谷津遊園に行くのが、楽しみだった。
 高台に建つ従兄弟の家からは、海が見えたものだが、今は海岸線が遥かに遠のき、まるで余所へ引っ越してしまったような気がするくらいだ。
 また、風向きによって、谷津遊園で飼育されていたオットセイの鳴き声が聞こえて来たのも、今となっては夢のような話だ。

 谷津遊園にはプールがあり、従兄弟の家に泊まりに行った時は、毎日のように通っていた。いつも閉園間際までプールに浸かっていた。終わりの方になると、客が帰ってしまい、貸し切り状態のように空くのが気持ち良かったからだ。
 たまに早く帰る時には、園内の遊戯施設でも遊んだ。
 その中に、季節を代表するアトラクション、お化け屋敷があった。
 と、言っても、改めて入場料を取らない程度のものだ。内容に関してもたかが知れている。私と従兄弟は、お化け屋敷に入ると、出口まで一気に駆け抜けた。怖かったからではない、どのくらい早く出られるかの方に興味が傾いていたのだ。
 これを何度も繰り返した。その内すっかり道順も覚え、それこそ目をつぶっても通り抜けられるまでになってしまった。

 ある日、出口に近い所で椅子に座ったお化けが現れた。
 これは、人を脅かすものではなく、道案内するのが仕事のお化けだった。
 安っぽい仮面を手に持ち、顔を覆っていた。
 近寄ると、蚊の鳴くような声で、「左へ~~~~~」と案内した。
 ふと、悪戯心を起こした私は、このお化けに絡んでみた。
 「左へ~~~~」と言う度に、「え、何?、何て言ったの? 聞こえないよ、もう一度言って」などとしつこく聞き返したのだ。
 おそらくは、学生アルバイトだったろう律儀なお化けは、親切に何度も「左へ~~~」を繰り返した。
 調子に乗った私は、更にしつこく「だから何? 何かあるの? 行かなきゃいけないの? 反対行ったらどうなるの?」と、言葉を重ねた。
 するとお化けは、いきなり立ち上がると大声を発した。
「左だって言ってるんだよ!」
 思いも寄らぬお化けの反撃に、私と従兄弟は、悲鳴を上げて逃げ出した。
 まさか、お化けに怒られるとは思ってもみなかっただけに、本当に驚いた。
 こんなに怖い思いをしたお化け屋敷は、これが最初で、おそらく最後だろう。
 今思えば、その瞬間も仮面を外さなかったのは、実に職務に忠実なお化けであった。

 後日入った時には、怒るお化けの姿はなかった。
 実は、あれ本当のお化けだったんだよ………………………………ではなく、 お化けの座っていた所には、出口を示す貼り紙があった。
 そんな谷津遊園も今はない。
 最寄りの駅の名から「谷津遊園」の名が外されて久しい。

この証言は、アニメ懐古館より許可を得て転載させて頂きました。

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