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証言29. 遊んでくれてありがとう

  • 証言集
  • 2006-05-21
  • うみのつばめ さん

母が思い出話になるといつも言う。

「おまえ、白熊の檻に首突っ込んじゃって頭が抜けなくなっちまったんだ。」

そんなこと、憶えてないですってば!

小さい頃から未だに、そう言われ続ければ、そんなことがあったかな?

そう確か、あれは、入場してすぐの北極熊の居るところ。
奥が高い位置に陸となって、手前の海に見立てたプールは深いところ。
真下を覗き込まなきゃ、“しろくま”が泳ぐ姿を観ることは出来なかった。
小さかったから、動物達の居場所はとても広く感じたし・・・

実家から、京成バスで電車に乗り換え。
京成真間駅から谷津遊園駅まで。

自動車の場合は、市川市内を通り抜け14号を走る。
中山を通り過ぎると、ほんのり潮の香りがした。
大神宮下や海神では、もう側の海を感じた。

駅を降りると、通りには浅蜊や蛤の出店が並んでいた。

朧気な記憶を辿ると、入り口からすぐは動物園が広がっている。

真っ先に居るのが“しろくま”だった。
その右は、なんだったろう。
チンパンジーが居たことと象は場所と名前はともかく、よく憶えている。

小学一年時のバス遠足。
象は“しろくま”の後ろ側だったろうか?
多くの観客を前にして、誰かがりんごを投げると長い鼻でキャッチして、おじぎした。

後ろを向いてしまった象。
先生がぶら下げている笛をピッ、ピッ、ピッと鳴らすと、それに合わせて前を向いた。

私たち遠足児童や観客達は拍手をした。

トラやライオン、キリンなどは居たんだろうか?

孔雀が確か居たと思う。 
孔雀も笛に合わせて前を向き、大きなアラベスク模様のような羽をひろげた。

動物園を通り抜け左奥へ入ると、遊園地。

必ず並んだ、海へと入る感じのジェットコースター、東京湾が遠くまで観える観覧車が思い出深い。

大きな建物はちょっとした劇場だったんだろうか?
ここでは、藤子F.不二夫先生の『怪物くん!』のショーを観た。

もう一つの大きな建物はテーマ館?
秋には毎年大河ドラマをテーマにした菊人形が展示されていた。
『草燃える』 石坂浩二さんの源頼朝と岩下志麻さんの北条政子、そして滝田栄さんの確か伊東之介と呼ばれていたのを、なぜだか憶えている。
そして、今の時期。
春は、フラワーカーニバル。
建物の中を通り抜けると、ヘンゼルやグリムのお話が展開されていた。

遊園地の右奥へ進むとバラ園があった気がする。
海の季節でなければ、いつもここでお弁当。
バラのアーチをくぐり抜けた場所が、いつもの指定席でした。

赤や黄色や、白、ピンク。
色とりどりのバラ達が、それはもう『不思議の国のアリス』の立体的絵本だ。
バラの洋式庭園美が、高橋真琴先生の描くお話のイラストとマッチして、憧れの世界を呈していた。
幼心に、お姫様のお城やお庭を一人勝手に空想していました。

更に奥へと進むと、そこは海。
海の季節は、『海の家』でお弁当です。
幕張海岸へと続く、遠浅の谷津の海です。

春は潮干狩り。
夏は海水浴。

一つの場所で、沢山遊べたのです。

さて、私の記憶は、どこまで憶えていたろうか?
『京成谷津遊園』を検索していたら、とても懐かしい写真をみつけました。
谷津遊園のことが詳しく書かれていました。
加えて証言集がありました。

そうだった!
ビックリハウスで乗り物酔いをした記憶がよみがえりました。
そうだった!
ホントにお城があったんだ!!

お城のお堀は、プールだったっけ?

出口のカタカタと音の出る、ぐるぐる回る鉄格子が小さい頃は怖かった。
もう、おうちへ帰るのか。
何ともいえず、帰るのは『今日は楽しかった!』という満足感と、『その場を離れる寂しさ』とで、複雑なものがありました。

今はもう、古き良き時代の懐かしい思い出。

生まれ育って、乗せてもらって大きくなった感のある、京成電鉄。
『京成谷津遊園』 いつも遊んでくれて、どうもありがとう。
私は、大人になりました。

今、子どもを連れて行く場所は、TDRとなりました。
あと、20年もしたら、孫を連れて行く場所になることでしょう。

この証言はブログ「つばめのいろいろ」より、許可を得て転載させて頂きました。(H.Kuma)

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