第3回目の調査だが、最初の3個所は前回探索の帰りついでに撮影した写真なのでご了承を。 まず最初のここは青梅線(河辺~東青梅間)沿いの側道から左へ分岐するY字路、その1である。
地図を見ると分かるが、右の側道は青梅線に沿っているのに対し、青梅街道は青梅線から八の字状に離れて行く。 左の道はその青梅街道に平行した一本裏手の道なので、こういうY字路が形成されるのだ。 そしてこの右側の側道を線路に沿って前方へ進むと同様なY字路が続くので、ここはその1とした次第である。
続いてのY字路、青梅線その2である。 こちらも一つ手前のY13(青梅線1)と同様であるが、ここで側道から左へ分岐して住宅地の中をしばらく進む道は、河辺駅前通りと交差してそこからは若草通りとなる。
さらに羽村市に入ると若草通りは動物公園通りと名を変え、羽村市動物公園手前でさらにY字分岐する旧江戸街道へと繋がっている。 ご存じの通り江戸街道は(横田基地で分断されているが)一時期の青梅街道であり、その意味ではここも由緒あるルートに繋がるY字路と言えるだろう。
次は青梅線から離れ、青梅街道の青梅消防署前交差点。 どう見てもY字路になっていないので、ここは番外として紹介させていただく。 こちらは青梅街道から物見塚通りが分岐する交差点だ。 写真で左右に走っているのが青梅街道、正面に進んで行くのが物見塚通りだが、すぐ先で右にカーブしているのがお分かりだろうか。
この様に、その接続点はY字路ではないが、地図上で広域的に見るとY字分岐となっている例が昨今は多い。 それは信号機などの交通事情や街区整理の関係からその様に道が整備されるからで、とりあえず普通の十字路にしておけば安全という考え方もあるだろう。 ここで分かれる物見塚通りは、道なりに進んで行くと最後は茶畑の中の圏央道青梅インターに行き着く。
ここからが第3回の探索。 早起きしてやって来たのは豊岡街道(都道63号)の野上二丁目交差点。 ここで左に分岐するのは同じく豊岡街道で、ここから岩蔵街道との交差地点まで、都道63号はルートが二つに分かれている。 元々は、左が本来の豊岡街道だったと思われ、街道上を走る 中武馬車鉄道 もここで左へ進路を取っていた。 今昔マップ で比較すると経路は昔から両方あった様で、当時からの追分という事になる。
左の道は霞川沿いの集落の中を縫って進み、途中の峯あたりでさらに左へ分岐して飯能へ至る道もある。 右は台地上の茶畑の中を貫いているが、双方の道は最後に入間の扇町屋宿に入り、日光脇往還に合流して川越へ向かう形だ。 ただ、線形から明らかなように、このあたりの右の道は後に直線的に整備され、現在はバイパス的な役割も担っている。
ここのY字路中央は駐車スペースとなっているが、その一隅には馬頭観音と脇に記念碑らしきものが見られる。 調べてみるとこの石碑は、元々この場所にあったものが(理由は明らかでないが)一時期近くの春日神社に移設され、その後工事が行われて120年ぶりにここへ里帰りしたそうである(青梅市の文化財ニュース)。
こちらは今は無きY字路なので本来なら番外編とすべきだろうが、追分としての遺構が残っているのでカウントに入れてご紹介する。 写真で左手前から右奥へ続く広い道路は青梅街道、それに直交しているのは小作駅前から伸びる通りである。 そして、ここから正面に見えるピンクのリサイクルショップの建物の方向に分岐する道が、かつては存在しており、分岐中央に当時ガソリンスタンドがあったと記憶している。
ここも歴史ある追分であったが、周辺の区画整理事業により十字路となって失われた。 その追分としての遺構が、道の分岐していた付近に(おそらく多少移設されて)立っている。 庚申塔(下写真の左)と馬頭観音(下写真の右)がそれであるが、前述の通り、これらはそれぞれ道標としての役割も担っているものだ。
ではここから無くなってしまった道路はどうなったかと言うと、少し裏手で都道179号(所沢青梅線)として復活している。 さらにその道は青梅市を出た先で再びY字分岐し、それぞれ所沢と川越へ向かって行くのだ。
遺構の反対側の一角は名前の由来となった桜の株が残る小公園となっており、その近くには区画整理前の道路状況が見事なY字路(交差点としては五差路)として図示されていた。
次は非常に殺風景で小さなY字路、でも分岐形態としてはとても美しい姿をしている。 両サイドを業者資材置き場のフェンスに囲まれて殺伐とした風景の中、人知れず分かれる細い道、右は少し先で青梅街道に合流、左は長岡中通りを経て箱根ヶ崎方面へと向かう。 実はここ、青梅市とお隣の瑞穂町の境になっていて左の道の舗装切れ目が境界線、その手前側が青梅市である。
過去に 裏道ガイド でも取り上げているが、左は青梅街道を避ける抜け道として良く利用させてもらっている。 以前は樹々が生い茂って緑のトンネルになっていたのだが、最近少し伐採され、日影が少なくなってしまったのは残念だ。
こちらは割と新しいY字路。 直線状の右の道路は進んで行くと羽村市役所前を通過する市役所通り、左はこの先で西東京工業団地へと入り、その中央を通る産業道路となる。 ここも市境界にあたり、実はこのY字路自体は羽村市側にあって、左折すると青梅市に戻る。 このあたり市境界が複雑に屈曲して入り組んでいるせいで、そんな現象が起きているわけである。
ここ河辺東交差点も割と近年に生成されたY字路、と言っても出来てからかれこれ20年以上は経っていると思われるが…。 右が奥多摩街道、左がそのバイパスとなる新奥多摩街道で、どちらも向かう先は立川方面となる。
右の奥多摩街道はこの先で坂を下って多摩川の河岸段丘の崖下を通っているが、バイパスは崖上の平坦地を直線的に貫く。 元々の集落は崖下にあったのでその間を縫って進む街道はカーブが多く、崖上はほぼ畑地だった為にバイパスを真っすぐ引けたものと思う。 ここは分岐の中央がガソリンスタンドとなっているのも、近年のY字路としては正統派の姿で好ましい。 給油ついでの休憩や、ドライバーに道を尋ねられる事もあるだろうから、現代における庚申塚の役割も果たしているかもしれない(笑)
というわけで、ここまで都合3回に渡って青梅市内のY字路探索を試みて来たわけであるが、いかがだっただろうか? いずれも青梅から東の各所へと向かうルートであるが、東南方面は多摩川沿いに立川へ向かう道路から、東北方面は霞川沿いに入間周辺へと至る道まで、青梅を起点として扇状に広がる道路網。 文字通りその扇の要(かなめ)となるこれらY字路は、この地において重要な結節点となっているのをあらためて認識した次第である。