昨今、巷ではY字路ブームであるようだ。 色々と関連書籍も出ているし、雑誌「東京人」でも特集を組むぐらいには流行っているらしい。 それらの記事ではY字路の発生要因なども含め色々と考証されているのだが、そこであまり触れられていない要素を我が居住地である青梅は持っている。 そう、青梅はY字路が多い。そしてその要因は…

map 1/5万地形図「青梅」明治41年
今昔マップ on the web より加工(着彩)

それは上図を見れば一目瞭然、青梅の市街地エリア、主に青梅駅から東側は扇状地が広がっているからである。 奥多摩の渓谷を流れて来た多摩川が関東平野へと踊り出し、そこへ土砂を扇状に堆積させて出来上がった台地なのだ。 だから、ここに住み着いた人々がその地形に倣って各方面へ移動する手段として、自然と扇状に道が作られ、それらが分岐する部分は当然Y字路が形成されるわけである。

そんなかつての歴史的な分岐も含め、現在青梅市内のY字路の状況はどうなっているのか、我がランドナーで何回かに分けて探索してみるとしよう。 なお、Y字路の定義についてはかなり緩めに見ているので、その点についてはご容赦を願いたい。 そして今回は上記の主旨に従い、東向きに開いているY字路を中心に回ってみる。 それ以外のものを記載する場合については、番外編として紹介したい。