2018年9月22日

☆ 訪問記(6)

しもてつ訪問記、第6話。この日、Kは水神森へ探検に行く事に...。でもその前に2か所ほど寄り道をしますが、もちろんそれは建物の写真紹介の為(笑)でもあります。

しもてつ乗換駅の風情(6)

水神森探検をすると決めた実行日がやって来た。Kはいつもの様に、本線の上り普通列車でこの駅に降り立った。今日の計画は、こうだ。まずここから大神宮線で終点の大神宮まで行く。そこで電車を降りたら、大神宮の裏参道から境内を通って正面へと周り、まずは探検の成功を祈ってお参り。それから駅へ戻り、軌道の跡を辿って参道駅のあったあたりまで行ってみる。さらに、途中で「水神社(すいじんやしろ)」の駅跡や元々水神様のあった場所等を探しつつ水神森駅まで行って、最後に予備校ビルへ寄り、あわよくば屋上の水神様を拝ませてもらおう。

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あのビルは予備校のフロアしか行った事が無いが、確か1階受付にインターホンが置いてあったから、そこで呼べば誰か来てくれるだろう。「久しぶりにワクワクして来たゎ」Kは昂ぶる気持ちを抑えつつ本線改札を出て、支線の乗り換え口へと向かう為、駅ビルの階段を降りる。首から下げたストラップには、一眼のカメラがぶら下がって揺れている。いつもはスマホの写真で済ましているが、今日は本格的に撮りたい気分になって持参したものだ。

ビルの1階へ降りた所で一瞬足が止まった。「そうだ、ここの本屋さんに地元の本があったような。ひょっとして資料になるかな」Kはドラッグストアの脇階段を登り、2階へ。そこは小さい頃に何度か寄った事のある書店で、規模の割りに何やら難しい本が揃っていた記憶があるが、最近はとんとご無沙汰だった。改めて入って見ると店内はかなり狭く、都心の大規模な書店とは比べるべくもない。配置も大分変わったようで、目指す本がどこにあるのか少々迷って尋ねてみた。「あのー、郷土史の本とか置いてますかね?」「あ、そこの奥...」レジに座っていた老年の店主はぶっきらぼうにボソッと答えたっきり、下を向いて何やら読書を続けている。

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指差された方へと狭い通路を奥まで進むと、書棚がL字型になった一角にそのコーナーはあった。そこは期待していた以上に多くの資料本が置かれていたが、一通り眺めた限りでは、残念ながら水神森や鉄道に関するものはなさそうだ。「どんなものをお探しで?」「キャッ」ビクッとして振り返ると、いつの間にか店主が背後に立っている。「おや、驚かしてしまったかな?ごめんなさい」口下手だが、話してみればなかなか親切な人のようだ。来意を説明すると、店主は商売抜きで丁寧に色々と情報を教えてくれた。目的は果たせなかったが、何となく清清しい気持ちで階段を降りる。

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「ちょっと歩くんで、お腹に何か入れてから行こうか?朝抜きで来ちゃったし」駅前からいつもの路地へ向かい、大将の店の前まで来ると、隣の模型店は完全にシャッターが降りている。「これじゃ、いよいよ閉店かな?」そして居酒屋の方はというと、まだ開店には早いようで暖簾が掛かっていない。「やっぱ、この時間じゃ無理かぁ」でもその手前の角にあるジャズバーには営業中の看板が出ているのを、Kは通り過ぎる時に気がついていた。「あっちも気になってたんだよなぁ。この際入ってみる?」これまでこの種類の店には縁がなかったが、店頭に置いてある「モーニングサービス中」の黒板の文字にも背中を押され、勇気を出してドアを開く。

「いらっしゃいませー」予想外に中から返って来たのは、元気のいい若い女性の声だった。ジャズバーと言うと、顎髭を蓄えた店主が一人静かにグラスを磨いているというイメージだったが、ここはそうではない様だ。「あのー、何かご飯もので軽食出来ますかね?」「はい!それでしたらカレーかピラフになりますが」「お酒飲めないんですけど、飲物は珈琲とかでもいいですか?」「もちろんです。モーニングタイムですと、そういうお客様の方が多くいらっしゃいますよ」

朝の開店直後だろうか、テーブルを拭いて回っていたバーテンダーの身なりをした彼女はしばし手を止め、Kに向き直って説明してくれた。狭い店内に先客は新聞を読む老齢の紳士が奥の方の席に一人のみ、他はまだガランとした空間に静かなピアノ音楽が流れている。「何かリクエストがあれば、おかけしますが?」注文したピラフと飲物を運んで来た時に、彼女に声をかけられてKはドギマギした。

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「あ、私、全然詳しくなくて。店名がジャズ曲ですよね、"A列車で行こう"?」「いい曲ですよね。それ、おかけしますね」「はい、すいません、こういう所は初めてなもので。いつもはこの先の居酒屋さんに通ってるんですが」「あら、お酒、飲まれないんですよね?」「ええ、飲まないんですけど、あそこの大将が何か居心地良くしてくれて...」「あはは、お気に入りですか。そこにいますよ?」「え...」「ねぇ、お父さん!」呼ばれて、奥で新聞を広げて読んでいた先客がゆっくりと顔を上げた。

「おはよーございます」「たたた、大将!! ここで何やってるんですか!?」思わず立ち上がるK。「何やってるって、朝飯に決まってらぁ。ここ、俺の娘の店」普段見慣れた調理人の甚平姿でなく、ビシっとスーツで決めた大将が、かじりかけのトーストを前にして寛いでいたのだ。「大将のそんな姿、初めて見たかも」「これからちょっくらお出かけなもんでね」「お店は?」「今日は夜からにしようかな~」「意外と適当なんだ!?(笑)」呆れているそばで、"Take the A train" の軽快なブラス音が店内に響き始める。

大将は先に食べ終わったが、Kの食事が終わって一息つくのを待っていてくれた。「じゃ、規子、行ってくるよ」「いいわねぇ、デートみたい」「うるせぇやい」娘さんに冷やかされながら大将と二人で店を出る。今日は団体の寄り合いで何かやるんだそうだが、その前に大神宮にお参りして行くというので、一緒に電車に乗る事にしたのだ。ホームに入って行くとすぐに電車がやって来た。案の定、予感がしていた通り、運転していたのは例の彼だ。こんな短い線区でラッシュ時以外は1編成の電車が往復しているだけだから、乗務日であれば遭遇する確率は極めて高い。

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ホームに降りて来た降車客の群集の背後に立って待つ二人。人の流れが途切れ、鞄を持って運転室から出て来た彼は、その二人を見付けてギョっと二度見した。「大将?? な、な、何やってんすか!? Kちゃんも」「へへ、デート」大将はそう言ってさっさと電車に乗り込んでしまったので、後の釈明はKがしておいた。そしてこれから旧線の廃線跡を見に行く事も話をすると、「おぉ、マニアックだねー。僕も行きたいところだけど、今日は終日乗務だ」と言い残し、残念そうに運転室へ向かった。

ひと足先に車内へと入った大将は、中折れ帽をチョコンと頭に乗せて1両目最前部の短い椅子に座っていた。Kもそこへ並んで腰掛けたが、ギリギリ2人分幅しかないシートはなかなかの密着度だ。「ところで、お嬢さんの名前をまだ聞いてなかったな。彼はKさんと呼んでいたが」照れくさそうに大将が話しかける。「ケイです。かつらの木の漢字で"桂"と書きます」桂はそう答えた。「桂さんか、いい名だ」そう言ったきり大将は、運転室の方を眺めている。

背後から二人に見つめられているせいか、少し緊張したそぶりの彼の運転で終点の「大神宮」駅まで乗り、境内の賽銭箱の前で仲良くお祈りした後に大将とは別かれた。地元生まれの大将に道々で水神宮の事を尋ね、元あった辺りの場所までは地図上で大体察しがついている。「さあ、探索の始まりだゎ」何だか気持ちが高揚して来る桂(ケイ)。それは子供の頃に自転車でこの街へ来て、あちこち探検してまわっていた頃のワクワク感に近いものだったのである。

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コメント(2)

ドラッグストアの2階にある小さな本屋さん、地元の郷土史に詳しい店主さんがいる本屋さん、リアルにありそうです。
Atrainは、居酒屋の大将の娘さんのお店だったのですね。
これから、Kさん、水神森探検、旧線の廃線跡を見に行くのですね。ワクワクしますね。

コメントありがとうございます。
小学生から中学生の頃、よく通っていた団地の中の本屋さんがありました。
そこで初めて手にした鉄道模型の雑誌がTMSのNo.260。
https://blog.goo.ne.jp/delpin/e/60851590538c540c78ab092799ed9db5
かの、ジョン・アレン氏のG&D鉄道の表紙が衝撃的でした。
そんな事も思い出しつつ、この本屋さんを作り込みました。

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