2018年9月 9日

☆ 訪問記(5)

訪問記第5話。今回は主に青砥ヶ谷銀座のアーケード商店街を紹介します。最終回ちょっと延びまして、完結まであと2回ほど続きそうです。

しもてつ乗換駅の風情(5)

Kは大将のその店がとても居心地よく感じ、それから会社帰りや休日に何度か、わざわざ回り道してここで途中下車し、一人で食事に足を運ぶ事があった。その折に模型店の方も覗いてみるのだが、いつも店内の電灯は消えた状態でシャッターが半分降りている。営業をしていないようではあるが特に閉店の案内も掲示されておらず、開店休業の状態なのかも知れない。ある日Kが居酒屋で遅い昼の食事をしていると、そこへ運転士の彼が入って来た。

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「やあ、来てたのか?久し振りですね」「あら!私ここ結構通ってるんだけど、会わなかったですね」「ほぉ!それは知らなかった。そういう情報、誰かさんは一言も教えてくれないからなぁ~」目配せしながら彼が言うと、下を向いたままカウンターの奥で仕事をしている大将の顔がちょっと緩んだような気がした。「今日も非番なんですか?」「いや、後で乗務があるので、早めに腹ごしらえ。大将!いつもの」それから二人で食事をしつつ、話はこの日、お互いの仕事周辺に及んでいった。

「ずっとこの線で運転を?」「いや、僕は駅員をしてました。その後、試験を受けて運転士になったんです」「駅員はどこで?」「水神森駅。地下になって少しまでいましたよ」「えー!?そうなんですか。私その頃、駅前の予備校に通ってたんです、彼氏と(笑)」「じゃあ、お互い、結構近くに居たことになりますね」「うん、でも私は通学がJR組だったから、だいたい水神橋駅の方使ってました」「彼とはその後?」「大学が別々で遠距離になっちゃって、段々と...」定食と飲み物を交互に口に運びながら食事をする彼、飲み物が瓶の牛乳であるのが、Kにはちょっとおかしかった。

「居酒屋さんに牛乳なんてあるんですね」「そう、大将にお願いして入れてもらって...」「ところで、そこの模型屋さん、閉店するんですか?」Kは気になっていた事を聞いてみた。「あぁ、それね。前に寄った時におばさんが言ってたんですよ。最近あまり売れないようで」「そうなんだ」「詰所からも見えるけど、ここんとこは開けてないみたい。僕も結構通ってたので、気にはなってるんだけど...」「おじさんもいましたよね?」彼の話によると模型店のおじさんは色々あったみたいで別居中のようだが、おばさんとは時々連絡を取り合っている様子だとの事である。

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「お客さん来ないのかな?駅前は賑わってるのにね」「路地裏だから場所も悪いのかも...、表通りは元気だけど」「確かに。商店街の方は活気があるし、店も色々揃ってる」「そう、小さい街にしては映画館まであるから」「え!知らない...」「アーケードの先にあるでしょ?」「へぇー」乗務の準備があるのか、彼は食事を終えると「じゃ、また」と言い残し、早々に店を出て行った。「アーケードの向こうに映画館なんてあったかな?」Kは小さい頃からこの街に来る事はあったが、映画館の存在は全く知らなかった。それで腹ごなしも兼ね、食後にあらためてそのあたりをブラついてみる事にした。

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「大将、ごちそうさまー」店を出ると、横丁の路地から駅前の広場へ。今日も多くの買い物客が、駅前ロータリーから商店街へと繋がる道路を歩いていて賑やかだ。小さい頃、親に連れて来てもらった事のある洋菓子店の前を横切り、アーケードのゲートを潜る。その額文字は古ぼけていて中の照明も薄暗く、かなり以前から設置されている物の様だ。アーケードと言っても日中は歩行者専用ではなく、時々車がやって来ると買い物客は脇へ寄って通してあげるというような状態である。商店街自体も規模は小さく、とうてい「銀座」と名乗る程のものでは無い。

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屋根下に入るとすぐ、右手は古い店舗から入れ替わったチェーンのドラッグストアがある。ここは以前は自転車預り所を兼ねた雑貨屋で、店先ではおばあちゃんが煙草を売っていた。2階は小さな本屋で、これは昔のまま。左手には八百屋やその奥に魚屋が並び、活気を帯びた呼び込みの声も狭い通りに響いている。小さな靴屋、洋品店、肉屋、コンビニっぽい店もあるが大手系列のチェーンではなく、地元商店が母体となっているようだ。お茶屋さんの前では店頭で焙煎している焙じ茶のいい香りが漂い、Kが少しホッコリとした所で短いアーケードの屋根は終わった。

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だが、通りはまだ続いており、最初のうちは店もポツポツと。それが歩くほどに段々と住宅の比率が高くなり、すぐに商店街の気配はなくなった。お茶とは別の懐かしい香りがして来たなと感じたら、そこは古い木造の建物で中は畳屋の作業場になっている。「畳屋さん、あったなぁ。でもこの先は何もないと思ったけど...」と畳屋に覆い被さるようにして建つ大きなマンションの前で、スマホの地図を見た。「あれ!?」とKが思わず声を発してしまったのは、自分が今立っている場所に「青砥ヶ谷シネマ」と表示されていたからである。

驚いて見上げると、そのマンション2階の外通路に、入場待ちなのか並んでいる人達の姿が見える。「ここがそうなのか!」調べてみると、それは地元有志が町おこしの一環として数年前に開いた名画座との事。「どうりで知らないわけだ」開館は不定期なようだが、階段下の入口にあったスケジュール表によれば今日は上映日、「バーミリオンロード・エクスプレス」というポスターがかかっている。「これ、観たかったんだよなぁ。マイナー過ぎてDVDやネット配信にも出てないし」Kが列の最後に並ぶ決心をするのに、そう時間はかからなかった。

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日もすっかり暮れた帰り道、橋上駅舎の窓からボンヤリ外を眺めているK。それは天井の案内表示に出ている次の発車時刻まで、かなり間があったからだ。急行、快速、快速特急と、この時間帯は通過列車ばかりで、この駅に停まる電車は少ないのだ。会社帰りにも時々寄り道してこの街に来るようになって数ヶ月、今日は休日で映画も観たのでかなり長い時間を過ごしてしまった。眼下の線路をやって来ては高速で通過して行く光の帯を見送りながら、Kは小さな感動で心を揺さぶられた満足感に浸っていた。今日観た映画本編も良かったが、併映された自主制作の短編ドキュメントには驚いた。

その作品は、水神森の地名の元となった水神様の昔とその後の変遷について、主に近在の住民が撮った古い写真や8mmの映写フィルムを集め、デジタル化してまとめたものだった。その中に出て来た茶色い電車、それはまさしく先日の基地公開の帰りに乗った車両の昔の姿である。水神宮の最寄りとなる「すいじんやしろ」という見知らぬ停留場のような小さな駅も映っていた。そして最近の撮影で、その水神様が現在屋上に祀られているというあるビルがスクリーンに登場した時、「えええ~っ!」映画館の席で思わず声が出そうになり慌てて手で口を塞いだ。

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「通ってたあの予備校のビルに、そんなのがあったんだ!?」実際それは屋上にある事はあるのだが、場所が階段室の中なので、すぐ脇の高架を走るJRの電車内から眺めていても気がつかないのである。「なんだか知ってるようで知らない事ばかりだなぁ...」Kは列車到着予告の案内放送が流れ始めた本線ホームへと、ゆっくり階段を降りて行った。「今度は、水神森の方へも探検に行ってみようかしら...」頭の中では徐々に、そんな考えが膨らみ始めているKなのであった。

コメント(2)

Kさんは、水神森駅の近くにあった予備校に通っていたのですね。
運転士の彼は、水神森の駅員をされていたのですね。ということは、水神森そばの売店のおばちゃんの息子さん。売店で牛乳を買われていた。
そして、予備校のポスター、看板が変わっている。「今でしょ」の講師に。
水神様の祠も屋上の階段室にありました。水神森駅が懐かしい。

musashimarumaruさん、コメントありがとうございます。
恒例により(!?)、前作との繋がりを色々と持たせてみました。
水神森の方のストーリーを良くご存知のmusashimarumaruさんには、予測が付いてしまっていたかも知れませんが…
この後の話でも、水神森駅セクションの写真をいくつかまた使う事になりそうですが、ポスターは写真合成しただけなので、油断すると元に戻っているかも(笑)

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