2018年8月11日

☆ 訪問記(3)

訪問記、第3回は主に、支線ホームとそこに到着する電車、及び付近の路線図を強制的に紹介する企み(!?)のストーリーとなっています。

しもてつ乗換駅の風情(3)

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すぐに駅前まで戻って来たが、何だかこのまま帰る気になれず、さてこれからどうしようかと考えあぐねた。「時間もあるし、久しぶりに大神宮でもお参りに行ってみるかな」実際、大神宮には小さい頃に自転車で何度も行った事がある。境内は公園になっていて市民の憩いの場である。池に流れ込む湧き水が龍の口から出ていたりして、最近はちょっとしたパワースポットとしても人気のようだ。ちょうどこの駅から出ている支線は大神宮が終点で、しかもここしばらく乗っていない。だからそうなると、むしろ電車の方がKにとっては主目的に近かった。

駅ビルに入り、本線改札へ向かう階段は登らずに1階を奥へと進む。ビルから続くちょっと薄暗い通路を抜けると、そこに簡素な改札口があった。「ふーん、今はこうなってるのか」この駅、年に一度の初詣時期などは結構込み合う筈だが、こんなで間に合うのだろうか。改札にタッチして抜けると、段差なくそのままホームに出る。実は本線側の駅舎が橋上化される際にここも一体となる筈だったが、階段を昇り降りしたくないという地元利用者の声が多数あって見送りになったのである。だから、同じ会社の支線であるにもかかわらず、乗り換えに際しては一旦改札を出るという変則な構造になってしまった。

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本線と違ってこちらの乗り場は片側1面1線のみ、背後は壁に遮られていて曇った小窓の向こうには今歩いて来た路地の建物が見えている。若干カーブしたそのホームには、電車を待つ客が数名ベンチに座っていた。運行は、都心への通勤ルートから外れている支線にしてはそこそこの密度で行なわれているようで、電光掲示によると次の発車まで10分位だ。Kがホームの壁に寄りかかって待っていると、後から改札を入って来た人にこう尋ねられた。「あのーすいません、ここから出る電車は水神森へ行きますか?」

houmon03.png「やれやれ」とKは思った。水神森線が都心から伸びて来た地下鉄と相互乗り入れをする様になって、もう大分年月が経つ。その際に、本線の隣駅から地下へと短絡する新線が開通し、水神森付近の数駅は地下化された。だから通勤客はそちらへ流れたが、分断されて袋小路となった残りの区間はこうして以前のまま、主に大神宮への参拝客輸送を担ってローカルに運行されているというわけだ。名前も「大神宮線」に変わり、本来の使命に即した形となったのである。

「しばらく乗ってない様な人は分からないのだろうな...まぁ、自分もそうなんだけど」Kはそう思いつつ説明をしてあげた。「...なので一駅もどるか、このまま終点まで行って乗り換えですね、少し歩くと思いますけど」実際、終点で降りるとそこは大神宮の入口で、お土産屋の並ぶ裏参道を歩いて境内を正面側へと抜ければ、少し離れた所に地下新線の最寄り駅があるというのは前に地図で見て知っている。

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「ありがとうございます。ちょっと急ぐもので戻ります」改札へ引き返して行った姿をKが見送っていると、「ピンポーン」と音が鳴り彼は足止めされた。ICカードがエラーになったようだが、さてこのホームは無人だからどうしたものかな?と思って見ると、改札脇に端末の様なものがあり、その上に手書きで「御用の方はこちらで駅員を呼んで下さい」と大書されている。「なるほど、あれで遠隔対応するんだな」Kが教えてやると彼はそれで駅員とやりとりした後、カードを解除処理してもらったようで何とか出ていった。

そうこうしているうちに電車到着の自動放送が流れるのと前後して、踏切の警報機が鳴り始めた。目の前で聞くそのカンカンという響きは、今の時代に電子音でなく本物の鐘のようだった。しばらくして急カーブを曲がる車輪のきしみ音が聞こえ出し、やがてゆっくりとホームに入って来たのは割と最近の形式だろうか、緑とクリーム色を纏ったやさしいデザインの電車であった。Kは少し残念な気持ちがした。子供の頃にここで時々見かけた、あの古い電車に乗れるのを密かに期待していたからである。

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2両編成の電車が停まりドアが開くと、思いがけず大勢の客が降りて来た。見たところ年配のグループが多く、やはりこの支線は大神宮へのお参りで支えられているのだと納得が出来る。参拝客の中にはここで乗り換える際に駅前の商店街で買物をしていく人も多く、乗車料金の乗り継ぎ扱い制限が1時間と長めにとられているのも、地元商店会に配慮した結果なのかも知れない。客達が行ってしまうとコンプレッサー音も止み、電車はドアを開けたまま静かになった。その静寂を一瞬破り、向かいの本線ホームを快速電車が通過してゆく。

ホームで待っていた数名に続いてガランとした車内に入る。車両は小さいながらも一応普通の高床式で、路面電車の雰囲気では無い。水神森まで行っていた頃は、一部で道路上を車に囲まれながら走る区間もあったのだが、駅は無かったのでステップ等も付いていない。Kは後ろのドアから電車に乗り込む。車内をひと通り観察しつつ一番先頭部まで来て運転室の後ろに立った。いつもは最後部に陣取るくせがあるが、久しぶりに乗る線は色々観察したくてやはり被り付きをしてしまうものだ。幸い片側は車椅子対応で座席が取り払ってある。

折り返しで席を移動して来たワンマンの運転士が、立っていたKに「失礼します」と一声かけて、客室との間のドアを開けて運転席に入る。はじの方はホーム幅が極端に狭くなっているので、乗務員ドアからの出入りは不自由なようだ。「あのー」とKが声をかけようとすると「あ、準備しますのでちょっとお待ち下さい。すぐ伺います」と答え、指差しながら一通り運転機器や、木造の仮設ホームの様な所へ出て正面の行き先表示確認等を行なった。

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「お待たせしました。何か?」「はい、ここ、以前は茶色い古い電車がありましたよね。あれは、今でも走っていますか?」「あぁ、旧車ですか。あいつは一度廃車になってしばらく車庫に保管されていたのですが、その後整備されて今は走れる状態になってます」「車籍が復活されたんですか?」「お詳しいですね」「いぇ。で、運転は?」「団体や臨時便なんかで時々走りますね。ただ、いつ走るかは我々も直前まで分からないのです」「そうですか、ありがとうございます」

「...そうだ!」彼は乗務員室に置いた鞄の中から一枚のパンフレットを取り出して来て、「今度、車両基地の一般公開がありますんで、よろしかったらどうぞ。旧車も見られると思いますよ」「おぉ、それはラッキー!」両手で受け取ろうとするKの手元を見て「おゃ?」と彼が気づく。「鉄道模型をやられるのですね?」箱を見てそれが分かるという事は、彼もスクラッチビルダーである。「えぇまぁ。運転士さんも!?」「はい、HOとNゲージを少々...。どこでこれを?」「そこの模型店です」「そうなんだ、僕も行きますよ、そこ」「へぇー」

「おっといけない、そろそろ時間だ。失礼します」運転士が席に戻ると目の前の警報機が鳴りだし、短くホームで発車のベルが鳴る。乗務員室扉の窓から身を乗り出して後方に目をやり、改札から駆け込んでくる客のいない事を確認すると彼は「バチン」とスイッチを操作した。「ピンポン、ピンポン」チャイムが鳴りドアが閉じ、運転士は指差確認、「出発、進行ぉ」一呼吸おいて電車は、軽いモーター音と共に滑るように走り出す。

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Kは運転室後部の壁に手をつき、もたれて立ったまま、窓の外へと目をやった。駅を出るとすぐ目の前を踏切警報機がゆっくりと通り過ぎ、カンカンという金属的な鐘の音が車窓を後方へと流れて行く。その向こうから路地裏の模型店が近づいて来るが、電車が加速を始めるとすぐにそれは家並みの陰に隠れてしまった。一瞬だったが、店のガラス扉を通してその奥に、カウンターに頬杖をついたおばちゃんの姿が見えた様な気がした。

コメント(2)

しばらく乗っていなかったので(笑)、大神宮駅と水神森駅の関係など、わからなくてモヤモヤしていたのですが、路線図を見てスッキリしました。水神社(やしろ)駅も載っています。
あの茶色の旧車も健在なのですね。そして、鉄道模型もやられている運転士さんとの会話、いいですね。

musashimarumaruさん、コメントどうもです。
路線図は、自分でも少し整理する意味で描いてみました。
実際に即して考えると、設定上無理のある所もあるかも知れないですが。
模型をやる運転士さんは、結構おられるような話もどこかで聞いた事があります。

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