2018年8月25日

☆ 訪問記(4)

訪問記の第4回はいよいよ車両基地見学となりますが、その部分のモジュールは未制作なので、想像で補って下さい(笑)

しもてつ乗換駅の風情(4)

車両基地公開のその日、Kは再びこの駅へとやって来た。これまでそういったイベントに行った経験がないので、少々ウキウキしつつ電車を降りる。基地はここから一区間乗った「奥戸」という駅が最寄りで、そこに併設されている。車庫は車窓ごしにしか見た事のないKだったが、そこは駅構内外れの住宅密集地にあって、周囲を下町の古い家並みに囲まれていた。車両基地と言ったってこの短い支線を担当するだけだから、狭い敷地に工場を兼ねたオンボロな車庫と留置線が数本あるだけの小さな施設なのである。

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午後の開場時刻に対して少し早く着き過ぎてしまったので、Kは駅ビル内にあるカフェで時間をつぶす事にした。ちょうど、本線改札を出て大神宮線へと向かう通路の途中にあり、見ると席も空いているようだったのでそこへ入ってみたのである。Kにとっては初めての店だが、このあたりでは何箇所か出店している様子で、「青砥ヶ谷駅ビル店」という表示が見えた。店内は、カウンターで注文した物を自分で席まで運んでゆくという、今風のスタイルである。

とりあえずコーヒーだけオーダーしたところ、「お持ちしますので、お掛けになってお待ち下さい」との事。カウンター越しに見ると、どうやらマシンでなく本格的なハンドドリップのようだ。窓際の席に着き、焙煎した珈琲豆の良い香りに包まれてしばし待つ。ふと見上げた壁のメニューの中に「FFランチ」というのを見つけて、ちょっと気になった。ここではデザートの類だけでなく、軽食も供しているらしい。「お待ちどぉさまでした~」若い女店員がコーヒーを運んで来たので少し尋ねてみる。

「あのぉ、このFFランチって何ですか?」「あ、FFはフィッシュフライの略になります」「珈琲店で魚フライ定食か、珍しいですね」一言尋ねただけなのに店員は話好きな様で、身振りを交えて色々教えてくれた。いわく、オーナーでもある本店の店長が珈琲豆や軽食にかなり拘る人で、以前からメニューに入っているのだそう。どうりで豆もいいし焙煎も絶妙だしなかなか良い店を見つけたと、一口、珈琲を口に含んだKは少し幸せな気分になった。「こんど本店も行ってみようかな?」テーブル上に立ててあるメニューには、「珈琲煎香」と店名が記載されている。「こーひーせんか? ...専科の当て字か!」

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「さて、乗り継ぎ時間も来ちゃうし、そろそろ行かないと...」席を立ってエスカレーターで1階へ、裏手の連絡通路を抜けて大神宮線の改札を入る。ホームは前回より少し活気があり、車両基地へ行くのだろうか親子連れの姿も見られた。基地公開のパンフレットを眺めながら電車を待っていると、ふいに背中から「あのー」と声をかけられた。「はい?」と振り向くとそこに立つ男性が「あぁ、やっぱりあなただ」と笑顔を見せた。

顔は何となく見覚えがあるが、咄嗟に誰だかKには思い浮かばなかった。察した彼に「僕ですよ、これ、あなたに渡した」とパンフレットを指差されて、ようやく気が付く。制服制帽でなくカジュアルな装いをしているので分からなかったが、前回ここから乗った電車の運転士だった彼だ。「あら?良く私ってわかりましたね」「いや、ここにこれが見えたもんだから」リュックの脇に入れっ放しにしていた台車の箱が、メッシュのポケットを透かして見えている。

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「今日は非番なので、僕も公開に行ってみようかと」「そうですか」「良かったら案内しながら解説しますよ?」「エッ?嬉しい~、いいんですか?」「もちろん!若い女性が相手だとちょっと照れますけどね」「若いだなんて」「あ、言っときますが僕は妻子持ちなんで、下心は無いです」「えー!残念(笑)」まだ会って2度めであるが、普段人見知りするKは自分の口から自然な会話が出て来るのに内心驚いた。

「しかし最近は女性も鉄道に関心のある方が多いですね、女子鉄っていうんでしたっけ?」「ちょっと前は鉄子とかも言いましたよね。私は小さい頃からなんです。女の子なのに、変わり者で...」そんなやりとりをしているうちに、2両連結の小さな電車がやって来た。「あら?この前の車両と違う?」彼の言うところによると、今はこの車両がメインで、前回乗ったのは地下化される前の水神森線で走っていた一回り大きな電車。ラッシュ対策として1編成だけ廃車を免れ、残っているのだそうな。待っていた客達がゾロゾロと乗り込む。二人がそれに続いて車内に消えると、しばらくして電車は大神宮方面へと折り返して行った。

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それから数時間後、日も傾いて黄昏て来たホームに、大きなオレンジ色のヘッドライトを1つおでこに煌々と灯した古い電車が単行で入って来た。「キキーッ」とけたたましいブレーキ音をたてて停車すると、「プシュー」ドアが開いて満員の車内から乗客達がはき出される。駅はしばらくガヤガヤと活気に包まれるが、彼らが改札を抜けて行ってしまうとホームには一組の男女が残された。「いやー、よかったですね、これに乗れて」「ほんと、まさか運行されるとはねー」電車をバックに嬉々として写真を撮り合う二人。

それは彼が「旧車」と呼んでいた旧型車両で、この線が東葛電車と呼ばれていた頃からの生え抜きの1両である。今日は車両基地の公開にあたって、奥戸駅の日中使われていない島式ホーム片側へと展示用に引き出されていたのだが、帰りの客が混雑した為に急遽臨時列車として特別に運行される事になったのだ。「あ、お疲れ様です」彼は乗務員室を覗き、発車準備をしていた初老の運転士に声をかける。運転士は「おっ」と軽く手を挙げて挨拶を返し、電車を折り返し回送して車庫へと引き上げて行った。「あの先輩ね、そこの踏切でお化けを見たらしいです(笑)」「えっ、ほんとに?」

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二人はホームを歩きながら、「腹つなぎに何か食べて行きませんか?家で夕飯が待ってるんで軽くですけど」「いいんですか?誤解されますよ?」「いや、あくまで趣味仲間のお友達という事で(笑)」「趣味仲間ねー(笑)、どこかいい所ありますか?」「任せて下さい、ここらは僕の庭みたいなもんですから」改札を抜けて彼について行くと、駅裏の路地をグルッとまわり模型店の前までやって来た。「えっ、ここ?」と思い掛けたが、そのすぐ手前にある居酒屋の暖簾を潜る。そこは小さい頃からいつも見ていた、でも子供だったKにとっては馴染みのある筈も無い店だった。

「私、お酒が飲めないものですみません」「あ、僕もだから大丈夫ですよ、職業柄というわけでもないですが」「ハハハハハ」居酒屋で夕刻から酒も飲まず、ウーロン茶とつまみで鉄道談義に花が咲く。店の大将は彼の顔見知りの様だったが、「しゃーない奴らだな」と渋面でつぶやきつつ、黙々と美味しい魚を出してくれた。その席で、もうすぐ模型屋が店を畳むらしいという話を彼から聞いて気になったが、すっかり暗くなってしまったのでこの日はそのまま街を後にした。

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コメント(2)

水神森駅前にあった珈琲煎香、今でもあったのですね。そして、何店も出店しているのですね。アジのフライ定食が懐かしいです。
Kさんが女性だったとは! びっくりです。

musashimarumaruさん、コメントありがとうございます。
アジフライ定食、私も食べてみたいですね(笑)
このKさん、実は前作との繋がりもありますのでご期待下さい…。

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