長距離乗車の疲れもありグッスリ眠った岡山の一夜。 少し寄せておいたカーテンの隙間から覗く空が白んで来て目が覚めた。 明けて2日目の朝は5時半起床。 昨日よりは移動距離が少ないから30分くらい遅起き出来たが、本日の内容は盛りだくさんなので頑張っていこうと思う。 早朝の大通りを岡山駅まで歩き、改札で18きっぷに2個目の日付印を押してもらう。 ホームへ降りて行き、しばらく待つと、乗り込む最初の列車が入線して来た。 「ん?なんじゃこりゃ??」思わず呟きそうになった。 黄色い食パンこと、115系の改造車を先頭とした堂々の7両編成が進入して来たのである。
早朝の岡山駅ホームで待っていた人々を乗せ6:57発車、電車はすぐに倉敷を過ぎ、左手に水島臨海鉄道を分けて進んで行く。 水島臨海は非電化だから私がメインとするターゲットからは外れているものの、特殊な鉄道なのでいつか訪問はしてみたい。 ガラガラの始発から乗車した私は座っているが、駅に停車する毎に車内は結構混みだして、立ち客で向こうの窓は見えなくなって来た。 そういえば今日はまだ平日なので、そろそろ通勤ラッシュの時間帯に入って来たようだ。
福山まで来るとここで通勤客が大量に下車し、車内は少し見通しが良くなる。 このあたりまでの車窓は比較的平凡だが、尾道駅が近づくと国道越しの家並みの向こうにようやく瀬戸内海が見えて来た。 海といっても付近は瀬戸内海に浮かぶ向島との間に挟まれた尾道水道で、まだあまり茫洋とした感じではないが…。 尾道駅は山裾にゆるく右カーブした駅だ。 カーブしたホームは風情があって好きだが、鉄道運行上はあまり好ましくない。 地図で見ても地形的に直線化出来そうなものだが、何故こうなっているのか理由が良く分からない。
この電車の終点は糸崎である。 土地勘が無いので良く知らなかったが、マップで調べると糸崎駅は三原の一歩手前という中途半端な場所。 何故もう一駅走って乗降客の多い三原まで行かないのだろう? 三原は大きな街で新幹線も停まるし、呉線との分岐駅でもある。 その理由は、着いてみて何となく分かった。 糸崎には広大な敷地の電留線があり、車庫の役割を果たしている。 あとは駅の構内配線がらみ、あるいは列車密度の問題で、三原だと折り返しがしづらいというのもありそうだ。
糸崎駅のホームに降ろされた我々、その人数は結構多い。 そこへ11分の待ち合わせでお迎えに来たのは、折り返し岩国行きとなる初乗車の227系4両編成だった。 車体には誇らしげにその愛称「Red Wing」のロゴマーク、カープカラーにちなんだとも言われる赤い帯のこの電車が登場したのは、私が広島訪問を果たした翌年のことだった。 今日の編成は増備されてまだ新しいのか、車内もピカピカで何となく新車のいい匂いがする。
糸崎を発車し次の三原で呉線を左手に分けると、電車はしばらくの間、海岸部を離れて沼田川に沿いつつ山中に分け入る。 山陽本線は瀬戸内海沿いというイメージがあるが、濃い緑に包まれた山里を縫いながら走って行くこの区間も好きだ。 左右の山を結ぶ山陽自動車道の高い高架橋の下を潜り、行く手遠くに広島空港大橋の白い大アーチが見えて来ると、その左手の山上が高原の楼閣、広島空港である。
ボンヤリ窓から外を眺めていると、途中の駅に停車した際に電車から降りてホームを歩いていたおじさんが、ニコニコしながらしゃがみ込んで何かを掴んだ。 一瞬誰かの落し物かな?とも思ったが、よく見るとそれはカブト虫である。 電車が動き出し窓から見えなくなったので、その後カブト虫の運命がどうなったかは分からないが、そんな自然豊かな駅が西高屋である。 そこからもう少し走ると天下に名だたる瀬野八越え、毎回楽しみにしているが何故だかこの日は寝落ちしてしまい、気が付いたらもう広島駅に着いていた。
ずっと一人で座っていたが、ここから観光客がドッと乗り込み、ボックス席の向かいに小学生位の小さな男女が3人、私の隣にはその親(らしき大人)が腰掛けた。 子供らのうち一人は青い目をした女の子で、親戚か学校の友だちなのかも知れない。 彼らの会話を何とはなしに聞いていたが、最初は日本語で、そのうち話が弾んで来ると流暢な英語が混じりだす。 結局宮島口で降りて行ったが、最後の方では自然な会話でフランス語まで飛び交い、キッズの語学力に驚かされることとなった。