~ 一日目:東海道を下る ~

東京~熱海

七月二十二日、早朝、中央線の鉄路つつがなく東京駅へと再びやって来た。 昨今、旅立ちを東京駅とする事には拘らなくなったが、それは以前にも申した通り、上野東京ラインが開通して以来ここを始発とする東海道線列車がほぼ無くなってしまったからだ。 しかし今日は19年前の旅程を辿るのだから、そこはやはり伝統の東京駅から出発しなくてはと考え、ここから乗車する次第である。
東京駅10番線ホームに滑り込んで来たのは高崎方面からやって来たE231系電車、今や東海道筋東京口の主力はこの形式で、前回乗った211系の姿は既に無い。 順調な出立と言いたい所だが、ここまで来る電車の中で流れていた新幹線の事故(保守車両が脱線)情報で、在来線にも影響が出るのではないかと危惧している。 さらに、今乗っているこの電車も上野駅で急病人救護により4分遅れ、終点熱海での乗り継ぎが7分しかないのでそちらも心配だ。
車内は下りとは言え朝7時台の通勤時間帯だから座れる筈もなく、片手で重いリュックを足元にぶら下げ、もう片方の手で吊革に掴まっている。 新橋を過ぎ、なんだかいつ来ても薄暗い感じのする品川駅のホームに停車。 品川の発メロが汽笛一声なのは前回書いたが、メロディの最後に汽笛の音声が流れるのに今回初めて気がついた。 横浜でどっと降りやっと着座、平塚あたりまで来ると大分空いて立ち客もほぼいなくなり、対面の車窓も見えるようになった。 ここまで来れば、車内は通勤電車から旅客列車の様相を呈して来る。
小田原を過ぎると海が間近になって来るものの、残念ながら本日の相模灘は霞多しで、空と海の境界もはっきりしない。 やがて列車は根府川に停車、ドアが開くと海からの風が感じられる。 この暑さでは爽やかとはとても言い難いが、幽かに海の匂いがし、遥か潮騒の音まで聞こえるようだ。 入道雲、麦わら帽子、浮き輪、西瓜割り… 遠い夏休みの思い出が蘇る。
真鶴、湯河原を過ぎればもうすぐで熱海で、車内の人々も荷物の準備など始める。 乗り換えの案内をする車掌氏も、肉声でしきりに新幹線一部運休のアナウンスをしているが、英語の部分は原稿を読んでいる感じだ。 インバウンド対応は素晴らしいが、いわゆる日本語英語で、どこまで伝わっているのか少々不安になる。

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本日の相模灘は霞濃く視界がいま一つ

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熱海~浜松

終点の熱海へは定刻着。 途中で遅れは解消されたので余裕でトイレを済ませ、改札へ行って18きっぷに日付印をもらう。 発車ホームへ上がって行くと、待っていたのは313系8000番台と211系の混結編成。 もちろん転換クロスシートの8000番台に乗るが、改札へ行ったりして出遅れたので席は既に埋まっている。 この車両はかつてセントラルライナーとして運行開始された頃に乗車経験があるが、たまたま普通の快速と思って乗っていたらアテンダント?が整理券を確認に来て面喰い、慌てて購入したという経験がある。
電車は丹奈トンネルを抜け、三島まで来ると下車客が多く、座る事が出来た。 快調に富士の裾野へと下って行くが、雲がかかって富士山は見えず。 富士、清水を過ぎ、草薙では部活遠征組か?大勢が下車。 静岡を出て大井川を渡り、新設の御厨(みくりや)駅を過ぎ天竜川も渡れば終着の浜松も近い。
ここまで、所々で新幹線の高架が並んだりしたが、今日は走行する新幹線を一本も見ていない。 復旧作業が長引いているようで、未だに浜松~名古屋間が不通になっているとの事だ。 ネットの情報によれば、単なる工事車両の脱線でなく車両同士が衝突したとの事で、事態は考えていたより深刻な様子である。

浜松~米原

浜松が近づいて車窓左手に高架が寄り添って来ると、後方からゆっくりと新幹線が追い上げて来た。 その行先表示は「浜松」となっており、まだ不通が解消していない事を示している。 浜松では連絡良く、降車と同じホームで4分乗り換え。大混雑かと思ったがそうでもなく、何とか席を確保する事が出来た。 しかし、そこから30分程走って次の乗換駅豊橋で降りると、一転して雑踏と混乱を極める世界が広がっていた。
次の電車まで10分程度あるのでここで昼食を確保しようと目論んでいたが、売店も人が群がっていてとてもそんな状況ではない。 向かうホームも人が多く、もう少ししたら入場規制になるんじゃないかとさえ思われた。 ここからは始発の快速大垣行きに乗るがさすがに席はすぐ埋まってしまい、名古屋でドッと客が降りるまでドア前に立ちつくしていた。 名古屋から席に付くやいなや眠気が襲い来るが、少しここまでの疲労が出て来たのかも知れない。 まもなく大垣到着、とのアナウンスが流れるまでしばしのまどろみタイムであった。 最後は大垣で普通列車に乗り継いで関ヶ原を駆け上り、30分ほどで最重要幹線のジャンクション、米原駅に辿り着いた。

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米原~高宮(近江鉄道)

ここからはJR西の新快速に乗ってしまえば京都までは1時間弱だが、その誘惑を振り払って前回の旅程を踏襲するべく近江鉄道を目指す。 その前にだいぶお昼を過ぎてしまったので、ここでようやくコンビニお握りを調達し、駅コンコース内のベンチで胃袋に。 場所的に冷房とは無縁なので、ムッとした蒸し暑さの中、片手で扇子をフル稼働、もう片方の手でお握りを口に運ぶという難行苦行ではあった。
さて近江鉄道だが、前回は本線を米原から八日市経由で貴生川に抜けた。 なるべく同じ経路を踏襲したいところだが、せっかくなので未乗の多賀線で多賀大社前駅まで往復し、次に八日市駅から八日市線で近江八幡に出ようと思う。 これで近江鉄道は全線完乗となるからだ。
発車時間を待って出札窓口へ行くが、近江鉄道の米原は有人駅であるものの券売機は無い。 それどころか、「多賀大社まで」と告げて窓口から出て来た切符が19年前と変わらず硬券であることに驚かされる。 但し当時は縦型の硬券だったが、今回はノーマルな横型だ。 駅員さんが親切にも「2~3分で来ますんで、発車まで車内でお待ちを」と案内してくれてありがたい。 こちらでは冷房の効いた車内が待合室代わりである。
ホームで少し待つと、やって来たのはピンクのラッピングが施された100形、これは西武300系が種車となっている。 発車を待つのは私の他に、鉄道ファンとおぼしき小学生とそのお父さん、いや、むしろファンはお父さんの方かも知れないが…。 時間が来ると鉄道総研の新幹線試験車を左に見送りつつ走り出すが、所々沿線の樹林が線路に覆い被さっていて、小枝にバシバシ車体を叩かれながら進む。 JRと接続する彦根で乗客が増え、彦根口で対向列車と交換すれば、次の高宮が多賀線の始発駅だ。

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高宮~多賀大社前~近江八幡(近江鉄道)

高宮駅は多賀線がその駅手前から分岐しており、本線と多賀線に挟まれたY字部分に幅広のホームがあるという特異な構造をしている。 そのホーム反対側で待っていたのは、水色と赤の帯が鮮やかな「あかね号」? と一瞬錯覚したが、これは普通の通勤車だった。 かつて運行していた多目的車の700系あかね号は2019年に引退済で、その塗装と愛称だけがこちらの900形(元西武新101系)に引き継がれているとの事だ。
多賀線の電車は走り出すと新幹線の高架下を抜け、すぐに唯一の中間駅「スクリーン」に停車、その先は一面緑の田園地帯の中を真っすぐに進んで行く。 最後に名神高速の下を潜ると頭端式3面2線の多賀大社前駅ホームにしずしずと到着。 ここまでの乗客は10名前後、平日昼間のローカル支線じゃひょっとすると貸切か?と予想していたが、これだけ乗っているのは意外だった。 乗客はワンマンの運転士にそれぞれ切符を渡し、無人の改札を抜けて駅前から三々五々消えて行った。
残ったのは私一人で、電車が折り返すまでの30分強、大社までお参りに行く時間はあるが、この酷暑では炎天下に足を踏み出す気力が湧いて来ない。 冷房の効いた駅併設のコミュニティハウスでしばし休んでいたが、16時で閉鎖との事でホームに待つ電車内に移動。 駅は券売機も窓口も無く、電車内の整理券を取って下車時に精算する方式だ。
折り返して高宮駅に戻ると、本線の列車に乗り継ぐ間12分程あるので、電車を待ちながら駅構内をしばし観察。 木造の古いホーム上屋、その間に建っている小さな待合室も昭和テイスト満載で、レイアウトにしたくなる感じの良い駅だった。 そこからは新幹線高架脇を並走する本線を八日市場まで走り、八日市線に乗り換えて、そろそろ通勤客の増え始めた夕刻の電車で終着近江八幡駅まで移動した。

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近江鉄道大社前駅に到着した、あかね塗装の900形

近江八幡~京都

近江八幡で再びJRに乗り換えて、播州赤穂行新快速で京都までひとっ飛び、所要36分で本日の旅程は首尾よく終了した。 京都で下車すると駅で毎回迷うのがお約束となっている私だが、今回も北側の烏丸中央口に出てしまい、宿の取ってある南口側へ行くのに自由通路が見つけられず、再び改札を入って西口改札へ抜けるという謎の回り道ルートをとってしまった。 宿は東寺駅近くなので近鉄に1区間だけ乗っても良かったが、途中で買出しもしたかったので歩いて向かう事にした。
ちょうど宿へ向かうルート上にイオンが出来ていたので、その中のスーパーで一通りの買い物を済ませてからチェックイン。 …のつもりだったが又やってしまった。 ホテルのフロントで名前を告げても予約が入っていないと言われてしまい、一瞬焦る。 そんな筈はないと予約メールを見せると、「ああ、こちらは系列のもう一カ所の方ですね」と予め用意してある案内図を渡してくれた。 いつの間にか〇〇ホテル本館と別に、〇〇ホテル京都南店というのが出来ていたのだ。
私はホテル名だけ見て前回泊まった本館を予約したつもりでいたが、実は別の所だったという落ちである。 幸いそこまでは徒歩15分程度で移動出来る距離だったので助かったが。 ちなみに、そちらのホテルは室内着をチェックインフロアから持って行く方式なのにその説明を聞き流し、バスローブが無い、と入浴後にフロントに問い合わせるという失態まで演じてしまい、まことに赤面の至り。 そんなこんなで、前回の旅を辿るという前提が初日の宿から脆くも崩れ去った京都の夜なのであった。

駅名時刻列車
東京07011825E
熱海0859
0906431M
浜松1141
1145949M
豊橋1221
12322521F(快速)
大垣1402
1410231F
米原1445
1520近江1907
高宮1543
1545近江3423
多賀大社前1552
1627近江4322
高宮1632
1644近江1909
近江八幡1729
17363511M(新快速)
京都1812