なんでもない、なんでもない

順風満帆意気揚々の出立と言いたいところだが、実際のところ今ひとつ面白くない。 乗車した新幹線の指定座席が1Aである。 1Aというのは車輌の一番はしっこ窓側で、ピッチはあるが目の前が壁でなんとなく視界が行き詰っている。 おまけに、品川から乗ってきた隣りの客が頻繁に席を立っては、しばらくして煙草の臭いを全身にまとわり付かせて帰ってくる。 彼は何と新大阪までの間に喫煙室へと都合4往復もしたのであるから、ほぼ30分で胸に埋め込まれたカラータイマーが切れるとみた。

しかも、午後をだいぶ過ぎた時間帯なのに周囲にいい匂いを振り撒いてすき焼き弁当を食べ始めるに及んでは、もういいかげんウンザリしてくる。 いやスマン、なんでもない、なんでもない。 文句を言えた筋合いで無いのは分かっている。 切符だって券売機でなく、窓口で座席を指示して買えば良かっただけの話。 イライラするのは寝不足で気が立っているせいだ、すこし眠るとしよう。

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そんな旅立ちの新幹線で前日夕に大阪入りし、一夜明けて朝早くからモソモソと動き出す。 天気は良好、一晩寝たら気分もスッキリ晴れ渡った。 今日は大阪から南海沿線を和歌山方面へと徐々に南下し、各地の電車を乗りつぶす一日である。 これから一見なんの脈絡も無い乗り方をして行くが、本人にとってはそれなりに意味ある行路という事は心得ておいていただきたい。 関西大手私鉄の幹線系はだいたい乗った経験があるが、それらの支線や準大手、あるいは中小私鉄に関しては未乗の区間が多いのである。

というわけで、脈絡が無さそうで脈絡がある故に、本編は脈絡庵を号して旅日記をしたためてゆこうと思う。 標題が荷風の断腸亭日乗をもじって「脈絡庵 旅日乗」となっているのはそういう理由なのであるが、その実は行先が広範囲に渡り凡庸過ぎてタイトルの付けようが無かったという事情もある。