May, 2010

京浜急行電鉄

紅い韋駄天と呼ばれ、数多くの優等列車が次々と間をおかず疾走する京浜急行電鉄。 その本線にもかつては多くの構内踏切が存在したが、都内区間に限って言えば数年前の時点で既に全廃されている。 もう少し早く訪問出来ていればと悔やまれるが、その面影でも追ってみようかと今回はここ大森町駅にやって来た。 ご存知の通りこの区間は蒲田駅付近連続立体化の対象となっており、京急お得意の直上高架方式で工事が進んでいる。

訪れたのは、5月中旬に行なわれた上り線高架切替の直前、対向式の地上ホームは仮設の物に置き換わり、既にその全体は真新しい高架駅に頭上を覆われて薄暗い状態になっていた。 大森町は京急本線で最後まで構内踏切が残っていた駅だが、これも高架工事の進捗に伴って3年程前に廃止されたと言う。 工事中は駅舎自体も仮設の小さなものが上下線別に設置され、改札内でそれぞれの間を行き交う事は出来ない。

通過して行く電車を支える広軌の力強い線路を良く観察してみると、蒲田方のホーム端に近い一部のPC枕木が数本だけ白っぽく、周囲に比べて新しい物のように思えた。 これにより、おそらくここに構内踏切が存在していたのだろうとの推測が成り立つ。 改札を出て外から駅を観察している間にも、次々と快特、特急、急行電車が通過して行くのを見るにつけ、現役時代はさぞや構内踏切の遮断時間が長かった事だろうと想像してみたりする。

大森町駅

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1000形の先頭部直下あたりが構内踏切跡か

大森町駅

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既に高架駅構造がホーム全体を覆っている


ミハラ通り商店街

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旧東海道の面影を残すミハラ通り

大森ふるさとの浜辺公園

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かつての大森海岸を再現した人工海浜がある


せっかく下車したので、駅を背にして少し周辺をブラブラと歩いてみた。 交通量の多い京浜国道を渡ると斜めに分岐しているミハラ通り商店街があるが、その風情からこれは旧東海道だなというのはすぐに分かる。 宅配便のトラックが休憩している脇の歩道に旧道の解説案内板を発見し、さらに歩いて行くと小さな川沿いにちょっとした遊歩道があった。河の水は綺麗とは言い難いが何となく磯の香りがして、 そう言えば海が近いのかなと思い、持参した地図を確認。

すると昔の海岸線だったと思われるあたりに公園の表示があったので、そこから10分程歩いて行ってみた。 町工場とゴルフ練習場の間の路地を奥へ進むと小さな公園入口があり、その先で景色は大きく開けて白砂の人工海浜が広がる。 子供達の歓声が運河に響き渡り、周囲は工場地帯なのにここだけ何だか別天地のようだ。 時間を忘れてしまいそうだったが、しばらく休憩の後、我に帰って駅へと戻り再び車中の人に。

ついでなのでお隣の駅、梅屋敷も見ておこう。 ここも対向式ホームで構造は大森町と似ているが、元から駅舎は上下別で構内踏切は無かったようだ。 短いホーム両端は踏切に挟まれており18m車を4両収めるのにギリギリで、構内踏切ですら設置する余裕がなかったという事か。 この駅では6両編成の電車が停車する際に行なわれるドアカットが日常風景だったが、それも高架化によりようやく終止符を打つ事に。 地上では梅屋敷商店街を分断していた踏切も廃止されるが、警報機の音が聞こえなくなってスッキリするのか、はたまたBGMが無くなるようで寂しくなるのか…。

梅屋敷駅

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駅前通りは梅屋敷商店街

梅屋敷駅

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ドアカット時に使われる車掌用補助ホーム


梅屋敷駅

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6連が来るとこんな感じで停車

梅屋敷駅

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踏切を塞いで止まるので、地元民でない人は何事かと戸惑う


梅屋敷公園

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地名の元となった梅屋敷跡。かつて茶屋があり、広重の浮世絵にも描かれた場所


さてこの先は番外編となるのだが、六郷川を隔てた川崎市を走る大師線にまだ構内踏切が残っているので少し見て来よう。 これに相対する都内側の支線としては空港線があるが、羽田空港への延伸がかなって準本線格となりほぼ地下線化されたので構内踏切は残っていない。 大師線の方も一部で線路を地下へ移す工事が始まっており、いずれは終点の小島新田を除いて全て地下駅になる予定だそうだ。

ところで、大師線は思い出深い線で、父親の厄除け祈願の際に(本人は来れなかったので)母の道案内で一緒に乗ったのが最初だ。 京急川崎駅の地上ホームに下り、そこから乗車した古びた電車はやけに窓が大きく開放的だった記憶がある。 当時はまだデハ230形が最後の走りを見せていた頃なのだ。 その後長じて当時の父親の厄年も遥かに超えてしまった自分だが、今日訪れてみると同じホームには1000形ステンレス車の4両編成が待っていた。

大師線で最初に降りたのは鈴木町駅で、ホーム自体は歴史を感じさせる古びたものだが、上回りはピカピカの近代的な駅だった。 ここは味の素の工場最寄り駅で、下り線の臨時改札を抜けるともう目の前には守衛所が待っている。 だが普段はこちら側の改札は閉まっているので、構内踏切を渡って上り線にある駅舎改札を抜ける。 駅付近には大型スーパーが営業中だが、電車に乗ってやって来る客はあまり多くはなさそうだ。

鈴木町駅

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対向式ホームのシンプルな駅

鈴木町駅

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正面奥は臨時改札。客は線路を渡って一般改札へ


鈴木町駅

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駅前踏切の向うは全体が味の素工場

味の素引込線

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味の素引込線のあったと思しき場所


少し先にかつて味の素の引込線があった筈という事で、線路伝いに歩いて見に行く事にする。 工場内から線路が出て来ていたと思われるゲートを見つけたが、そこは結局次の川崎大師駅すぐ目の前だった。 引込線の方は国鉄へ貨車を直通させる関係で狭軌だったので、ここから小島新田までの間は3線軌条になっていた。 その上を、夜な夜な「味タム」と呼ばれる2軸のタンク車が往来していたのである。

ちょっと寄り道をし、商店街のお土産屋から流れる飴切りのリズムに囃されながらお大師様にお参りをした後、そのまま2駅先の東門前駅へと歩く。 川崎大師へはこちらの駅からもほぼ等距離なのだが、ここは大師駅と比べて観光地然としておらず、地元密着という感じで非常に質素な造りだ。 構内踏切を渡る風もどこかノンビリとした空気で、都会における地上駅の鄙びた空気を存分に醸し出していた。

川崎大師駅

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新旧1000形が並んだ

川崎大師参道

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参拝客で賑わう川崎大師参道


東門前駅

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こじんまりした古い造りの好ましい駅だ

東門前駅

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ちょっと急げ


そこから一区間乗って産業道路駅。 ここにも構内踏切があるというので降りてみたが、先程までと雰囲気はガラリと変わり、何となく線路の周囲がザワザワとしている。 駅へ降り立つとホームは仮設のもので、既に先行して地下線移設の準備が開始されているようだ。 構内踏切もホームと共に場所が移されており、まだ出来て日が浅いみたいだ。 改札を抜けると、正面には産業道路とその上の高速道の高架橋。 その広い道路を長い遮断棒に守られてゆっくりと渡って行く京急の風情は、少し路面電車のようにも見える。

産業道路駅

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おNewの構内踏切。地下線準備でこの先は単線化されている

産業道路駅

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仮設ホームから改札はずーっと先


産業道路駅

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まるで路面区間のような駅前の踏切

海岸電気軌道跡

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道路境界のカーブに軌道跡がしのばれる


次の電車までの間を利用して、この線のルーツとなった海岸電気軌道の跡などを少し覗いたのち、終点の小島新田へと向かう。 最後の区間も線路周辺は工事の準備が開始されており、あまり落ち着ける雰囲気ではない。 あと何年かして全線の地下化が完了すれば、その日を境にこの大師線の環境は激変してしまうだろう。 終点ホーム先端の改札口を抜け、川崎貨物ヤードを遠望出来る陸橋上から今降りた小さな終端駅を見下ろしてみた。 雑草に囲まれた単線の線路を、乗って来た電車が折り返して発車し、カーブの向こうへゆっくりと消えて行くところだった。

小島新田駅

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小島新田は1面2線の簡素な終端駅