箱根登山鉄道線内をゆるゆると徐行状態で走り、左手から渓谷が寄り添って来ると終点の箱根湯本駅、特徴的なアーチ状の屋根に覆われたホームへと到着する。 時刻は12時少し前、ここで登山電車に乗り換える前に改札を出てお昼を食べに行く。 事前のリサーチによると定番としては湯葉丼との事なので、駅から続くデッキを渡って裏路地へ入り、有名店の「直吉」へ。 建物の風情からすると老舗のようだが、入口にタッチ端末が置いてあり、名前を入力すると整理券がプリントアウトされるという今風の受付システム。 電話番号も打ち込んでおけば、呼び出し間近になると自動音声で通知してくれるので、それまで近くで買物していたりも出来る。
我々は順番取りした後で一旦駅に戻り、窓口で箱根フリーパスを購入。 2日間有効で4,000円だが、これでこの近辺の乗り物は(西武系を除き)一通り網羅出来るという優れもの。 その後お土産屋でも冷やかそうかと思っているうち、もう電話が鳴ったので直吉へ戻った。 店内の土間のような所に待合所があって、ベンチでしばし待つ。 店の前には足湯があって、そちらでも順番待ちの客が屯している。 15分ほどで番号を呼ばれ、店内へ。中はユッタリとした配置で、スペースとしてはもう少し卓数を増やせそうだが、それではきっと厨房が回らないのだろう。
グツグツと煮立った湯葉を自分でご飯の上に乗せる方式の美味しい湯葉丼と、湯葉刺し姫豆腐のセットでお腹を満たし、駅へと戻る。 広いホームに降り、強羅に向かう3両編成の登山電車に乗り込むが、これが今朝乗った中央線よりも激しい混雑。 まさに通勤電車なみの殺人ラッシュで、途中駅では降車客の導線確保のために、一旦ドアから出ないとならない位だ。 平日昼間でこれだから、休日などは捌き切れずに積み残しが出てしまう位というのも頷けるものがある。
強羅で荷物をロッカーに預けた後、これからバスに乗って仙石原方面へと向かう。 仙石原はススキの季節によくテレビの中継で出て来るが、ケーブルやロープウェイを使う周遊ルートからちょっと外れているので、これまでは行った事がなかった。 しかしここで思わぬアクシデント。駅構内の放送で、大涌谷の硫黄濃度が基準値を超えた為、ロープウェイが全線運休しているというではないか。 我々の乗るバスはその代替えルートとなるので、おそらく混雑は避けられないだろう。
これから利用するのは箱根登山鉄道の「施設めぐりバス」。 箱根地域の主だった観光施設を巡回するもので、もちろん箱根フリーパスで乗り放題だ。 乗り場は駅前踏切先の線路際で、案の定、既に長蛇の列が出来ている。 ここは始発ではなく、小涌園の方から来て強羅駅前に顔を出しスイッチバックする様なルート、この狭い駅前でどうやって転回するのだろうと不思議だったが、すぐに謎は解けた。 やがてやって来たバスは一旦踏切を渡り、向こうの小広場に停車してそのまま自回転、なるほどバス用のターンテーブルが用意してあるのか。
停留所にバスが到着してドアが開く。 既に座席はほぼ埋まっているが、路上で交通整理もしている案内員の声がけ誘導で次々ステップを上る。 ちなみに路線が運賃精算方式のため、フリーパスは乗車時と降車時の両方共に見せる必要があるようだ。 我々も何とか乗り込めたが、既に踏切を越えて駅の方まで伸びた列の全員までは、当然ながら乗り切れない。 中には、乗れた組と乗れない組に分かれてしまった団体もあって、ドアが閉じると「アァ~」と嘆息が漏れていた。
発車するといきなり仰け反るような急坂を登り、右折してケーブルの線路下を潜る。 「強羅公園」の停留所があったから、この登坂でケーブルのほぼ中間地点あたりまで高度を稼いだようだ。 道はそこから大涌谷を巻くように等高線に沿って林間をウネウネと進み、少し下って「仙郷楼前」のバス停へ。 仙石原高原へ行くには、ここでバスを乗り換えねばならない。 面倒だが、「施設」めぐりのバスなので、こういった自然の場所はルートに入っていないのか? 道路反対側のバス停に移動し、7分の待ち合わせで桃源台行きの路線バスに乗る。 走り出すとすぐに風景がパッと開け、2つ目の停留所、僅か2分程で目的地に到着である。
バスを降り、来た道を少し戻ると、交差点のすぐ脇からススキの原へと分け入る散策路が斜面を一直線に登っている。 多くの人達がススキの原を背に、記念写真を撮っている。 一面の銀世界とは雪景色の事を言うのだろうが、ススキの穂がお日様に照らされると銀色に光って真に綺麗、まさに「一面の銀世界」を体現出来る。 しかし11月の高原は遮る木々もなく、冷たい風が身に沁みる。 空も曇りがちになって来たので適当なところで切り上げ、バス停へと戻った。 今度は逆方向の小田原駅行きバスに乗り、先ほど乗り換えた「仙郷楼前」の次で下車。
そこは「川向・星の王子さまミュージアム」という停留所である。 一般的に観光地のミュージアムはなかなか入場料の値がはるのだが、星の王子さまミュージアムはフリーパスで多少割引があるのでせっかくだからと寄ってみた次第。 高原で冷えた体に暖かい館内は有難い、と思いつつ順路を進むと、すぐに屋外展示となってしまい少々残念な気分。 でも建物がなかなか凝った造りをしていて、欧羅巴の街並みを表現しているようだ。 その先でようやく屋内の展示館が出て来て、ホッと一息。 ところが二人とも原作を読んだ事が無いという事が発覚し、色々な展示物を見てもお互い「ふーん」という感想しか浮かんで来ないという残念な事態に(笑)
宿の到着が遅くなってしまうので、16時過ぎのバスで強羅駅へ戻る。 駅前のみやげ物店で持ち込み用のつまみ類を調達し、コインロッカーから荷物を回収(危うく忘れるところだった)。 すぐに発車するケーブルカーに乗って、宿最寄りの早雲山駅へと向かう。 ここのケーブルは子供らを連れて来た20数年前にも乗っているが、今は車両も代替わりしてとてもモダンな乗り物になっている。 相変わらずなのは中間駅が4つもある事で、公園下、公園上、中強羅、上強羅と小まめに停車して行く。 ケーブルカーの構造上、駅は偶数にしないと片方の車両の停まる所が無くなってしまうから、各地のケーブルでも中間駅のある場合は 2駅、もしくは4駅となる例が多い。 国内で唯一駅数が奇数なのは、交換場所に駅を設けた大山ケーブルのみである。
終点の早雲山駅に到着したのは既に周囲も暗くなって来る 17時少し前頃。 この先のロープウェイは運休中なので、駅前には途方にくれる観光客の姿もチラホラ見られた。 おそらくこういう場合の外国語アナウンスが充分でないのもあるだろう。 駅前から徒歩で本日の宿「強羅花扇」へと向かう。 ジーンズにリュック姿という超カジュアルな服装の我々に似つかわしくない、とてもラグジュアリーな高級旅館である。 宿に到着予定の時間を連絡する際、「何でしたら強羅駅までお迎えに…」とのお誘いがあったのだが、事前の情報でどうやら送迎車がベンツのリムジンか何からしく、分不相応なので遠慮しておいた。
駅前の駐車場を横切ると、その先左手に宿へと下りる斜行エレベーターの入口が待っている。 車道だとグルッと回って大分歩かされるからこれは便利、ちょっと昔なら、あるいは宿専用のケーブルカーが走っていたかも知れないシチュエーションだろう。 エレベータを降りて少し歩道を進むと、係りの人が玄関先まで迎えに出てくれていた。 おそらくエレベータが動くと通知が行くのだろうが、なかなかいい気分である。 そのまま案内されて靴を脱ぎ、フロントは通り抜けてラウンジへ。 ゆったりとお茶をいただきながら軽く説明を受け、宿帳へ記帳も済んだところでお部屋へと案内される。
この宿の特徴の一つとして、館内が廊下も含め全て畳敷きな事があげられる。 それはエレベータの中も例外ではないので、当然ながらスリッパの類は用意されていない。 これまた素敵な事だが、私としてはひんやりとした板敷きの廊下を、スリッパで大浴場へと向かう趣向も捨てがたい魅力がある。 案内された部屋は、和モダンなベッドタイプで露天風呂付きの客室である。 食事は個室で2時間近くかけてゆっくりと味わう会席料理のコースで、追加した飛騨牛ヒレ肉と鮑のステーキも美味しく堪能した。 食後は部屋の露天風呂に入ってみたが、さすがにこの時期は風が冷たく、体は温泉で温まるものの顔はかなりキリッと寒いのであった。