〜 昭和55年3月17日 西武鉄道の一番熱い日 (1) 〜

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701系西武秩父行き「急行 奥秩父」

a long time ago
the seibuline far faraway....

それは今から25年前、
いつも利用している西武鉄道は
普段の何気ない風景の中だった。
この日が来る前までは。。。

「昭和55年3月17日 西武鉄道の一番熱い日」

赤い電車と黄色い電車が同居し、新宿線/池袋線共に
様々な形式の車両達が走っていた。
ただ世代交代の波は時代と共に押し寄せ
西武黄色帝国は着々とその勢力を伸ばし
赤色残留軍も少なくなったとは言えまだまだ元気に走り
釣り掛け車とカルダン車の音は賑やかに響いていた。

新宿線では
昭和52年にデビュ−した4ドアの旧2000系は当時まだ6連のみの運行で (8連走行が始まったのは昭和58年) 昭和54年には新101系2連がデビュ−し、旧101系と組み6連で爆音をうならせていた。

池袋線には
101系と共に冷改の701系列や401系が8連で黄色い車体を披露。 新101系2連はこの頃、飯能方だけではなく池袋方に連結されることも多く 401系も同様に池袋方に繋がれダブルパンタを誇らしげに上げて池袋に出入りしていた。 前年にデビュ−した新101系4連も旧101系などと組んでいた。まだ新宿線には新101系 4連は走行していなかったはずである。

旧2000系6連は新宿線のみでの走行。 黄色い701系.401系は池袋線のみでの走行。(共に一部例外を除く) 旧101系は両線で活躍していた。

列車種別も特急/急行/準急/普通だけで単純明快、 黄.赤の3ドア車(新101系.2000系.5000系を除く)種別表示札も小型で色も赤に白文字であった。

これらはほんの一例ではあるが それらをくつがえしたのがこの年の時刻改正であった。 当時を覚えている方々はどれくらいいるであろうか。。。


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