京王御陵線跡 [昭和時代]

しゅうちゃんのお出かけ日記」より許可を得て転載

しゅうちゃん さんより、京王御陵線跡の記事をご提供いただきました。 昭和41年3月に自転車で沿線を探索された時の撮影という事で、御陵線の運行が休止されて20年、高尾線の開通を翌年秋に控えるという非常に貴重な時期の記録です。 探索区間は北野から片倉、山田を経て中央本線との立体交差地点までですが、特に高尾線に転用された部分の写真はこれまであまり見た事がありませんでしたので、とても興味深いです。 京王高尾線の着工は昭和41年3月1日と記録されていますから、この写真が撮影された頃、既に一部で工事は始まっていたのかも知れませんね。(2010/04 H.Kuma)

1966年(昭和41年)3月に京王線の御陵線跡を見に行った時の写真がありました。 40年前ですが自転車で行った事は覚えています。 しかしどの様な行動をしたのかまったく記憶がありません。 フイルムを順番に追って当時の地図と現在の地図を参考にして、その写真の場所を確認しようと思い2006年8月に出かけました。 古い写真は現在の北野、京王片倉、そして山田からは右方向に曲がり中央本線をまたぐところでフイルムが無くなっていました。 写真は北野~京王片倉間山田~中央本線間で大まかな場所です。

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■北野~京王片倉

■ Photo1. photo

30年前の北野駅。ホ-ムは片式と島式で島式の1本(右側)は行止まりとなっています。

■ Photo2. photo

現在の北野駅。駅舎はもう少し先ですね。立派になりましたね。

■ Photo3. photo

北野駅より八王子方向です。 ここから先は単線となって右にカ-ブして京王八王子へ向かいます。御陵線跡は左建物職員詰所?の先辺りから左にカ-ブして築堤となって丘陵地帯へと入っていきます。

■ Photo4. photo

築堤が御陵線跡で右側に小さく見える鉄橋の下を横浜線がくぐり、右のくぼ地は湯殿川と思われます。右が北野駅方面です。

■ Photo5. photo

高層マンション、住宅そして湯殿川も整備されました。架線柱が見えるのが京王線。築堤はコンクリ-トの高架線になりました。写真に横浜線の電車が走っています。

■ Photo6. photo

片倉付近。八王子の丘陵地帯に入ってきます。手前側が現在京王片倉駅方面。

■ Photo7. photo

上写真と場所が違いますが、現在の片倉付近。後方方面が京王片倉駅。

■ Photo8. photo

片倉辺りの御陵線跡。後方に国道16号と思われる鉄橋が見えています。

■ Photo9. photo

国道16号です。雰囲気的には、極端に変わっていないようですね。

■ Photo10. photo 次頁へ

現在は鉄橋を渡った左側に京王片倉駅があります。

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