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〜 三日目:松江滞在 〜明け方、宿の窓に雨が吹き付け、夢うつつのうちに雷鳴が何度か轟いた。 布団の中で「今日は雨中の行動か...」と諦めかけていたが、朝起きて外を見てみると、道路は多少濡れているものの雨は降っていない。 「神様でも通ったかな?」 ここは出雲に近いだけあって、夜中に空がざわついて神様が渡って行く事があるそうだ。 でもそれは神無月(こちらでは神有月)の頃の話なので、今はまだオフシーズンの筈だが、さて... 宿の玄関を出て、15分程歩いた所にある一畑電鉄の始発駅を目指す。松江市街地の佇まいは、大変趣がある。 宍道湖と大橋川、そして松江城のお堀から続いている堀川が市内を縦横に流れており、人々がとても水と近い所で生活しているという実感がわく。 その堀川遊覧の船着場などを眺めながら、まだ目覚めたばかりの市街地を一人歩いて行く。 宍道湖大橋の袂から湖畔へ出ると半晴半曇の空、向こうに見える中国山地の稜線には薄く靄がかかっていた。 「うォ!」っと思わず身がすくんだのは、足元をザワザワとフナムシが一斉に散っていったから。 こいつは苦手だが、彼らがいるという事はここが単純な淡水では無い事を物語っている。 言うまでも無く、宍道湖は淡水と海水の交じり合った汽水湖だからである。 湖畔には、本日の塩分濃度なんていう電光掲示板も立っていた。 一畑電鉄の松江駅は地方私鉄らしいうらぶれた駅舎の奥に暗いホームが続き... という私のイメージは、いい意味で裏切られた。 駅前は広大なバスターミナルとなっており、ガラス張りの近代的な駅舎はどこまでも明るい。 駅名も現在は「松江しんじ湖温泉」駅と、温泉場の改名と同期してカナを交えたちょっと垢抜けたものになっている。 広場の片隅には立ち寄り自由の足湯まで設けられ、朝から大賑わいの状態だ。 自動券売機で一日フリー乗車券(\1,500)を購入し、改札の始まるのを待つ。 しばらくして案内放送があったので、入鋏を受けてホームへと上がって行くと、目の前には鮮やかな黄色に塗装された3000系急行「出雲大社号」が静かに発車を待っている。 種車は元南海のズームカーだが、車内は窓上に照明があったりして、関東ではあまり目にしない格調を感じさせる作りだ。 日曜の朝9時過ぎだが、2両編成の電車に乗ったのは私を含めて 10名前後、地元の人と観光客が半々といった所か。 時間が来て発車。 線路状態は悪くはないようで、それ程派手に揺れる事もない。 ホテル街裏手を抜けると、左手の車窓には宍道湖の湖面が一杯に広がって来る。 桟の無い正方形の窓がズラリと並び、その向こうを流れて行く湖の景色は、暗い車内から見るとまるでスリット状に切り取られた映像を並べたようだ。 一方の右手には田畑と奥手に低い山々が連なり、湖とその山稜の間を車道と一緒になって右へ左へと小刻みにカーブを切りつつ一畑電車は進んで行く。 次の「ルイス・C・ティファニー庭園美術館前」は現時点で日本最長の駅名だそうだが、そのうち覆されるのはこの類の記録では恒例の事。 水の上を走っているような (一畑電鉄車内) 社名に由来する一畑口で電車はスイッチバックする。 それは地形の為ではなく、かつて電車はここからもう一区間走り、その先に本来の終点、一畑駅があったからだ(同区間は 1960年に廃止)。 この鉄道は、出雲の国の「目のお薬師さん」として信仰を集める一畑薬師を目指して建設された。 最初に出雲から、次いで松江から建設され伸びて来た線路は、一畑口(当時は小境灘)で一緒になって終着の一畑駅へと至っていたのである。 廃線跡を歩いて見たい衝動に駆られたが、今回はそれが主眼ではないので、後ろ髪引かれる思いはあるがここでの下車は見送った。 ちなみに一畑電鉄の廃止路線には他に立久恵線と広瀬線があるが、これらは何れも出雲鉄道及び島根鉄道という別会社が吸収合併されたものである。 電車は逆向きに発車するとすぐ、今まで走って来た線路を左手へと別け、スピードを上げる。 急行運転の元南海電車は、高野山へと登る急勾配区間で鍛えられただけあってなかなかパワフルな走りっぷり。 川跡(かわと)から大社線へ直通し、出雲ドームを遠望しながら平地の中をしばらく走ると終着の出雲大社前に着いた。 電車を降りたのは私の他にカメラをぶら下げた男性が数名と、OL風 3人のグループが二組ほど。 みんなしばらく駅前で記念撮影の後、大社の方へと歩いて行ってしまった。 私は駅舎や構内を撮影するが、ここの駅の造りは、丸天井から吊り下げられたシャンデリアやステンドグラスの天窓がつとに有名。 委託駅長だろうか、年配の女性の立つ改札を抜けて、ホームに待っている次の電車にそのまま乗り込む。 川跡へと戻る電車はお目当ての名車、元京王の5000系で、車内はクロスシートの座席に改造されている。 こちらが愛称を「出雲大社号」とされた本来の急行用優等車だが、この日は大社線内の区間列車に甘んじていた。 川跡乗り換えで、電鉄出雲市駅へ。 この駅も立派でビックリした。 JRと共に高架化されたようで、ホームはこじんまりとしているが、どこか大手私鉄の支線終端駅のような空気も漂う。 電鉄出雲市駅にて 電鉄出雲市から折り返し、一時間ほどかけて松江しんじ湖温泉駅へと戻って来た。 ちなみに松江〜出雲市間は、山陰本線の快速に乗ると 30分あまりで走破するので、都市間連絡という事では勝負にならないだろう。 料金も通しでは一畑の方が100円程高いので、むしろ地域密着型のサービスで活路を見出すべきか。 さて、時間は12時をちょっと回った所だが、どうするか。 天気は晴れ間が出て来たものの、連日の長距離乗車で何となく体がダルい。 これはいつもそうなのだが、旅に出れば早く家に帰って落ち着きたい、宿を出れば早く宿に戻ってゆっくりしたいという欲求がふと頭をもたげる。 そんな心持ちも相まって、次の行動を起こす気力が萎えている。 とりあえず松江の駅前に出てからあれこれ考えようと思い、バスで移動する事にした。 一畑とJRの駅は結構離れており、歩くと30分程度かかってしまうのだ。 バスで着いたJR松江駅の構内でしばしお土産等を物色した後、高架下の居酒屋で昼食。 お昼時だったが店内は客もまばら、席を急かされる事もなく、ゆっくりと落ち着いて地魚を主皿とした定食を平らげた。 開け放たれた玄関から涼しい風が流れて来て、食事をしている間も風鈴がチリンと音をたてるのが気分を癒してくれる。 思えばこの旅に出てから初めて食べた、まともなお昼ご飯だった。 食後はコインロッカーに荷物を預け、「松江ウォーカー」というワンコインバスに乗ってみる事にした。 市内を右まわり、又は左まわりに一周し、どこまで乗っても一乗車100円というシステムだ。 私が乗ったのは左まわり路線で、駅を出ると松江大橋を渡り、松江城、明々庵、八雲記念館、松江しんじ湖温泉駅、宍道湖岸などの最寄停留所を巡って一周する。 冷房の効いた気持ちいい車内にどっかと腰をおろすと、百間先生がタクシーを走らせて良く言う台詞「運転士君、どこへでもやってくれたまえ」という気分。 私は結局降りるタイミングを逸し、一周して松江駅前に戻って来てしまった。 駅コンコース内ミスドにてコーヒーで一服の後、歩いて市内を散策しながらとりあえず宿舎へと戻る。 宍道湖と中海を結ぶ大橋川ではレガッタの競技が行なわれており、橋の上からも多くの人達が見物をしている。 日も傾いて少し直射日光も弱まったので、宿に荷物を置き、無料のレンタサイクルを借りて松江城の方へ走ってみる事にした。 先ほどバスで市内中心部を一周したので土地勘が出来て、お城のあたりまでは迷わず行けるはずだ。 さてここからは松江人モードに入る。 旅に出ると私は、なるべくその土地の人に紛れて行動したいと思っている。 それは、自らが街の住人となる事により、その地のほんとうの良さがわかるような気がするからだ。 というわけで、今の自分は日曜の夕方にフラっと自転車で家を出た「おっさん」である。 いつものお堀端を、子供に借りたミニサイクルでポタポタと散歩をしているところだ。 どれ、鼻歌でも歌ってみようか。 最近運動不足気味だから、久し振りに今日は天守閣まで登って行くとするか。 どうもこの坂は相変わらずきついや。 しかし喉が渇いたナ、自販機で飲物でも買おうっと...。 お堀を渡って天守閣へと砂利道を登って行くと、結構大汗をかく。 さすがにこの時間、観光客は殆どおらず、街の人がジョギングや犬の散歩をしている程度。 唯一見かけたのは外人の旅行者カップルで、風体からするとアメリカンでなく、欧州方面からの初老の夫婦らしかった。 松江城天守閣の中へ入るには入館料が必要だが、入口から覗いて見るそれは、黒染めの下見板張りと白壁のコントラストがなかなか妙で美しい。 ひとしきり散策の後、城から下り、お堀の周りをぐるっと一周して宍道湖へと向かった。 宍道湖大橋を渡った南側が、夕日観賞のスポットとして特に有名だそうだ。 日没を待つ湖に面した公園内の芝生には、カップルの先客が何組か。 適度に距離を保ちつつ私も自転車を停め、腰をおろして湖と対峙する。 しかし時間が経つにつれどんどんと雲が厚くなり、やがて日没までの時間を残してお日様はその後ろに姿を隠してしまった。 それでもしぶとく待っていたのは、私は夕焼けが好きだから。 一日の終わりにあの真っ赤な空に巡り会えるとホッとした気持ちになる。 子供がまだ小さい頃、親子で夕焼けの帰り道を歩いていて思わず一人「夕焼けが燃えている...」と呟いた事がある。 あまりに鮮やかでつい口に出てしまったのだが、振り返った子供は、一瞬怪訝そうな表情で私を見た後こう言った。 「お母さん! お父さんが変。」 それから30分ほども待っただろうか、今日はもう諦めるかと腰を上げようとしたその瞬間、雲と雲との切れ間から奇跡的に太陽が顔を出し、あたり一面をオレンジ色に染め上げた。 向こうに見える温泉街の岸辺から、光の道がチロチロと私の方へ伸びて来る。 湖面に映し出されたその豪奢な帯をかき散らして、クルージングボートがゆっくりと進んで行った。 宍道湖の夕陽 |
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