7.
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 矢部駅ホームのすぐ先から、淵野辺へと向かって探索を始める。この区間、冬場だと電車からずっとレールが見えているのだが、さすがにこの時期は草が生い茂っており、観察には向かない。
 最初の踏切と建物の間のわずかな隙間から、かろうじて横浜線と平行する線路が続いているのが見えた。

8.
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 線路に沿った商店街の道路を歩いて行くが、なんか庶民的でとても懐かしい空気に包み込まれた。
 総菜屋、時計店、写真館、そしてちょっと大きなスーパーと、ひと昔前にはどこにでもあった風景だ。その名も「淵野辺銀座」というのがまたストレートで潔く、そんな店々の裏庭を、線路は人知れず淵野辺へと向かっている。

9.
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 淵野辺駅の手前には、小広い草むらが広がっている。濃淡の緑がちょうど、駅を発車した 205系の帯の色と同じ。
 何気ない空き地の様だが、実はこの下にはまだヤードの線路が残っているらしい。隊列を整えた貨物列車は、ここから造兵廠の引込線へシズシズと入っていったのだ。

10.
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 淵野辺駅に出た。駅前広場の雰囲気も又なかなかに私好みだが、中でも目にとまったのがこの枯れきった神奈中バス車庫。
 切符売り場と車庫が一体となったその構造(GMのストラクチャキットにも確かあったな)は、日通の事務所と共に地方の駅前風景には欠かせないシーナリィだが、こんな所にもまだ存在したとは。
 だが、バスの方はとうにこの車庫に収まりきれない程に、ボディが成長してしまったのがまた哀しくもある。

11.
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 駅のホームから、ヤード方向を見通す。今や、なんにもない平凡な構内だが、以前はかなり複雑な線路配置をしていた。
 跨線橋の向こう側には昔のホームらしき遺構が残り、「元は重要な駅だったんだゾ」とつぶやいている様でもあった。

 さて一通りの探索も終わり、電車が来たので町田へ向かおう。一歩前へと踏み出すが、電車はそのまま目の前を通過!? あぁ、ここは快速通過駅なの。。。


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【歴史】

1938:
相模兵器製作所開設
1940:
相模陸軍造兵廠へ昇格(この頃専用線敷設?)
1945:
廃戦。敷地は米軍管理下へ
1949:
米軍横浜技術廠相模工廠として正式接収
1950:
基地勤務者のため、矢部駅を開設
1957:
在日米陸軍総合補給廠へ改称
1959:
鉄道による貨物輸送を中止
1966:
在日米陸軍相模補給本廠へ改称
1969:
米陸軍相模補給廠へ改称し、鉄道輸送を再開
1974:
規模を縮小し、在日米陸軍本州司令部相模工務局改称
(この頃、専用線運輸を廃止?)


【参考】
「トワイライトゾ〜ン MANUAL IV」ネコ・パブリッシング発行


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