「まさか!」そう思って目を向けたその先に、そのまさかが本当に姿を現した。小さな2軸の電気機関車が、カーブをまわって颯爽と登場したのです。以前と変わらぬ茶色の地味な服を纏った機関車ですが、その後塗り直されたようで状態は極めて良好そうに見えます。機関車は注意深く電車の手前で一旦停止すると、さらにゆっくりと前進して低い連結器に相手を「ガチャン」と捉えました。外で機関車を誘導していた電車の運転士は席に戻り、手で後方に合図を送ります。 「ピィー」っと甲高いホイッスル一声。うぁっと耳を押さえる周囲の人々をよそに、機関車はゆっくりとしかし実に力強く、満員の路面電車を押し出してそのまま走り去って行きました。その後姿のデッキには誰が結んだのか、祝賀会参加者が付けるような赤い花のリボンが一つ、風になびいておりました。 「だてに年食ってるわけじゃあないからな。あれで結構役に立つよ。」 呆然として見送る私の脇で、いつの間にかインタビューを終えて戻ってきた社長が小声でつぶやきました。一時は廃車寸前まで行ったものの、関係者の熱意により修復され、見事復活を遂げて現役機関車となったのだそうです。遮断機が上がり三々五々散らばって行く群衆。社長も例によって「じゃ」とあっさり片手をあげて、工場の方へと帰って行きました。 |
▼ |
この日はそれでセレモニーは終わり、社長とも別れてしまった為、そのまま大人しく帰途に就いたわけです。翌日の営業開始は特にテレビなどでは報じられませんでしたが、夕刊にまた東葛線の小さな記事が載りました。 『東葛ライトレール開業』 『下町のコミュニティ電車、東葛ライトレール(通称はとぽっぽ線)の運行が本日より開始された。前日の日曜には盛大に開業式典が行なわれたが、祝賀列車が車両故障を起こす等、先行きに若干不安を感じさせるスタートとなった。 驚いた事に、その記事の中で抱負を述べている社長の顔写真は、まさしくあの「社長」のものだったのです。
・・・という所で目が覚めた私。どうやら完成したパイクで模型の試運転をしているうち、グルグルまわる列車を見ながらつい居眠りをしてしまったみたいです。走り過ぎて電池が切れたのか、機関車は踏切の途中で止まっています。 - 終わり - これで、この小さな街の小さな線路の話はおしまいです。あくまでも私の夢の中の出来事ですが、ひょっとしてこんな場所が実際にどこかに存在するのかも知れません。そしてそれを見つけられるかどうかは、あなたの心がけ次第かも...。 |