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しばらくして、みんなが身を乗り出して見つめるカーブの奥から、ブーンという軽いモーターの唸りと共に、ガラス窓に包まれた小さな白い電車がその姿を現しました。さすがに新車だけあって綺麗な車体で、磨き上げられたその大きな曲面ガラスには、青い空と周囲の人々の姿が湾曲して映り込んでいます。カメラを持った人たちは、皆一様にその可愛い姿を写真に収めるのに夢中です。私も負けじと胸ポケットのデジタルカメラを取り出そうとしたその瞬間、「ガガガー」と急に大きな音がして電車は踏切の真ん前で急停止。 「いや参ったな、慣れないもんだから...」 地面と殆ど高さの変わらない扉を開けて出て来た年配の運転士。彼は車体の下を一通り点検してまわった後で再び運転席に座り、何度か始動を試みているようでしたが、電車の方は一向に言うことを聞かず、走り出す気配がありません。運転士は慌てていますが、周囲の観衆は何だかお祭り気分のようで、ちゃっかり電車をバックに携帯で記念写真を撮っている人までいます。 車内には来賓と地元の人達が乗っているのが見えますが、みんなヤレヤレと言う顔をしているものの、何故か口元は笑顔です。元々大した速度で走っていなかった為、停止による衝撃も少なく、視線が地面に近い事も相まってあまり不安感は無いのでしょう。ひょっとしたら、このささやかな事件を楽しんでいるのかも知れません。運転士のほうはその間、無線でどこかと連絡をとっているようでしたが、不意にニッコリと相槌を打ち、続けて車内マイクに持ち替えると何やらアナウンスをしています。完全空調で締め切った窓なのであまり良く聞き取れませんでしたが、「救援車が」どうのこうの...と。 警報機はカンカンと鳴り続けているけれども、誰も何を急かすわけでもなく、何となく気の抜けた雰囲気ではあるものの、至って和やかな空気が流れています。いったいこの穏やかさは何なのでしょう。私がこの地域に溶け込んでいないだけなのかな?そんな疑問が頭をもたげ始めた頃、遠くからゴロゴロという聞き覚えのある響きと共に、レールの上を何かがやって来る気配が...。 |