奥多摩工業を巡る鉄道たち

2007/11

- 曳索鉄道 -

氷川工場と日原の鉱山の間は当初貨物用の索道(ロープウェイ)で結ばれていたそうですが、その後輸送力が追いつかないという事態が生じてこの曳索鉄道氷川線が建設されました。 これは言わば水平に走るケーブルカーのような物で、一本のエンドレスロープに繋がれた無数の貨車が、機関車もなく無人で走行を続けるという構造です。 軌道の殆どがトンネル内にあり、稀に沢を渡る部分で橋梁上に出て来るのが唯一、我々の観察出来る場所になります。

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曳索鉄道(日原街道より)
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曳索鉄道搬器

特に有名なのが日原街道と日原川を一気に越えるアーチ鉄橋の箇所で、ここはバス車内からも容易に眺望出来るスポットですので、多くの人が目にして印象に残っているシーンと言えるかも知れません。 私は自転車で鍾乳洞方面に行く際に何度か目にしましたが、青空高く聳える鉄橋を渡る小さなトロッコの連なりが、静かな渓谷にガタゴトと音を響かせてトンネルへと消えて行く、そんな光景に何だかちょっとホノボノとさせられてしまいます。

実は奥多摩駅のすぐ裏手付近にもこの軌道が地上に顔を出している箇所がありまして、地図上でそこへ道も通じているようなので見に行った事がありますが、結果から言うと敗退でした。 氷川小学校裏手の路地を抜けて登って行くと、道はそのまま工場と山の間を擦り抜けて行く感じで、奥の除ヶ野集落方面へと向っているのですが、その先の角ですぐに通行止の看板が出て来てしまい、それより先へは進めませんでした。

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奥多摩工業裏手の道
これで公道なのだ

しかしここ、限りなく工場の胎内巡りという雰囲気の道で、上下左右、工場の設備に囲まれております。 私が行った日は休日で静かでしたが、もしも工場がフル操業状態だったら、きっとおそれをなして潜る事は躊躇したと断言出来ます。 曳索鉄道の始発点はちょうどこの右手上方のあたりかと思われますが、どんな具合なのか機会があれば見学してみたいものです(そんなチャンスあるわけ無いですが)。

諦めきれずに、このあと奥の除ヶ野側からもチャレンジしてみましたが、息を切らして登り詰めたもののこちらも通行止めのバリケードに行く手を阻まれ、登り損のくたびれもうけでした。 昔の山行記録でそこを通過したとのレポートもどこぞにあったのですが、どうもその後道が荒れて通行禁止になったようです。 生活道としては、村から奥多摩駅へは下の道へ下って行けば良いのだし、小学校への通学路にしても危険過ぎるので利用する人が無くなったのかも知れません。

ところで、この曳索鉄道の点検作業等はどうしているのでしょうね?通常は貨車が走るだけなのでおそらくトンネル内は照明もなく、どこまでも続く漆黒の闇。 延々作業員が歩いて行くのでしょうか、それとも作業用の特殊車両があったりするのか?何れにしろ貨車用に最低断面積で掘削されたトンネル内でそんな作業を行なう人があったとしたら、それはきっと大変勇気のいるお仕事になる事でしょう。

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曳鉄終点の氷川鉱山
送電鉄塔でその規模の大きさがわかる
- おわり -
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