~ 1日目 ~

中央本線

高尾9:53発の松本行き電車は、甲府で20分間も停車する。 出発までこれだけ間があくと、実質は同じ編成を使ったほぼ別列車という気もしてくる。 だが、その時間を使って駅のトイレへも行って来れるし、お弁当だって購入出来るのは便利だ。 特にこの列車はジャスト12時に甲府を発車するので、空き空きの車内でボックス席を独り占めしてお弁当を広げるのには丁度いい。 そんな旅気分を満喫しながら今日は18きっぷを使って松本へと移動中。 再び走り出した電車は甲府盆地の縁を駆け上がり、小淵沢で小海線を右に分けたのち八ヶ岳の麓を乗り越し、諏訪湖目指して快適に下って行く。 一年前の年末は飯田線を乗り通してここへ出て来たっけと、諏訪の街並みを車窓に眺めながら感慨に浸る間もなく、列車はショートカットの塩嶺トンネルを抜けて松本盆地へと飛び出した。

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旅立ちは高尾駅から

今日のメインターゲットは松本から出ている松本電鉄上高地線。 未だに松本電鉄の呼称が用いられているが、正式な社名は2011年からアルピコ交通になった。 もはや鉄道よりもバス事業の方が主役の座に就いたという感じだろうか。 今まで乗る機会のなかったこの路線、小さい頃に地図で見て「しましま」という終点の珍妙な表記が気になって仕方が無かった。 その終着駅は1983年の台風が元で2年後には廃止されてしまったが、その隣りの駅「しんしましま」へこれから向かうのだ。 それを考えると何だか気分が高揚して来るではないか。 そんな私の思いを乗せて、市街地に入った列車は13:55静かに松本駅ホームへと滑り込んだ。

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沿線略図
駅名時刻列車番号
高尾 0953437M
(中央本線・篠ノ井線下り)
甲府 1140
1200
松本 1355
140725(松電上高地線下り)
新島々1437
144530(松電上高地線上り)
新村 1500
154032(松電上高地線上り)
松本 1554

松本電鉄

18きっぷで一旦改札を出て、券売機で松本電鉄の切符を買う。終点まで680円、高くも無いが安くも無い、と感じる。 改札口はJRと共用になっているので上高地線の停車駅ではここのみ自動改札が使える。 乗り場は一番西側の7番線で、階段を降りて行くとレインボーの帯をあしらった元井の頭線の3000系改が私を待っていた。 京王の3000系も各地の地方私鉄へと譲渡されたが、リニューアルされたパノラミックタイプの正面となっているのはここと伊予鉄位だ。 しかし松電の行き先表示器の無いこの顔は、何となくしまりが無い感じがするのは私だけだろうか。

発車時刻までまだ数分あるが、車内保温のために乗車ドアは一箇所を除いて閉じられている。 そこから車内に入ると「この電車は大糸線ではありません」という車内放送がくどい位に繰り返されていた。 上高地線と同じホームの延長上に6番線があり、大糸線の電車が発車待ちをしているためだろう。 どちらも本数が多くはないので誤乗してしまうと大変な事になる。 2両編成だがワンマンのため1両目は少し混んでいたので、空いている後ろの車両へ腰を落ち着けた。

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時間になり発車するとカーブしてJR線と分かれ、駅構内から抜けたと思うとすぐに「西松本」、これは地方私鉄にありがちな駅配置だ。 買い物帰りと思われる数名の客を拾って再び走り出し、奈良井川をガーダーで渡るとそこからしばらくは田園地帯を淡々と走る。 「下新」「北新・松本大学前」「新村」と「にい」が続く。 どこも「しん」でなく「にい」と読むのは、「にいむら」が元になっているのだろうか。

「波田」のあたりから崖っぷちを走るようになり、山々の背景もだいぶ近くなる。 周囲には雪が目立ち始め、車内から見ていても寒さが身に沁みるような気がして来る。 やがて終点のアナウンスが流れ始め、上高地線の白い電車は小さな細長いホームへと到着した。 ホームの「しんしましま」の駅名表記が感動的だ。 下車客は数組いたが、私を除いて皆、乗鞍方面のバスへと乗り継ぐようだ。 改札を出た正面がバス乗り場となっており、駅舎もバスターミナルとしての機能の方が前面に出ている。

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雪模様の新島々駅
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ところで「島々」という駅名だが、これは付近にある地名「島々」から来ているものだ。 「シマ」は川沿いの耕作地や一定の領域、さらにそこから転じて村を意味するという。 この近在には「竜島」という地域もあるが、「竜」という村だから竜村→竜島、「島」という村だから島村→島島→島々となっていったのではないだろうか、何て素人考えかな? その島々駅のあった方向をホームの端から覗いて見たが、雪の中をひょろひょろと伸びた線路はその先でプッツリと途絶えていた。

帰りの切符は途中の新村まで。 「島々」の例にならえば「新村」でなく「新島」でもよさそうだ。 わざわざここで降りるのは車庫がある為で、少し覗いて行こうという魂胆だ。 一旦下車してしまうと次の電車まで40分程待たなくてはならないというのが悩ましいところだが、写真等撮っていればまあ何とか時間は潰せるだろう。 新島々を折り返す電車の乗客は唯一人、2両編成の電車に運転士と私の二人ボッチだった。 次の駅で多数の乗客がホームから乗り込んで来た時は、何だかホッとしてしまった位だ。

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新村で下車。 上下線の列車はここで交換するので一瞬賑やかになるが、それぞれが発車して行き踏切が開くとたちまち静寂の世界だ。 駅舎は木造のとても古びたもので歴史を感じさせる。 それもその筈で、大正10年に筑摩電鉄として開業した当時からの建物だそうだ。 ここは有人駅で大きな木枠に縁取られた出札口の中には駅員さんがいる。 自動券売機が無いので窓口で松本駅までの切符を求めると、出て来たのは硬券だった。 一応「少し駅の写真撮らせてもらいますね」と断ると、「どうぞ、どうぞ。でも線路には下りないで下さいね」と釘を刺された。誰か常識をわきまえない輩がいたのかも知れない。

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新村駅
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しばらく待合室内や駅舎外観の写真を撮った後、駅前の踏切を渡って車庫の方へ歩いて行く。 そこには地元ボランティアの方々の手により東急当時の緑色に復元されたアオガエルこと5000系電車が待っていた。 定期的に内部公開されているようだが、入口の案内表示によれば既に年内の公開は終了した模様だ。 しかし今日は曇り空で足もとから冷えて来るな、等と思いながらカメラを構えていると、曇り空からヒラヒラと雪の華が舞い出した。 カイロ代わりにと思って通りの販売機で買った暖かい缶コーヒーをポケットに入れ、ストーブの無い待合室で電車を待つ。

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東急色に戻った5000系
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発車時刻の10分前となり、少し早いがホームからの写真も撮っておこうとガラっと改札の引き戸を開けて待合室を出る。 すると、一緒に電車を待っていた地元のおばさんもつられて後に付いて出て来てしまった。 寒い中、吹きさらしのホームに立たせてしまって何だか申し訳ない。 ここから見ると駅舎の脇で何やら工事が進捗しているが、どうやらこの駅舎も新しいものに建て替えられてしまうようだ。 ホーム脇には電気機関車が展示?されているが、体に巻かれている電飾はクリスマスのイルミネーションが施されていた跡だろうか。

遠くから誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、ホームの階段を上がって来た別のおばさんがそこに落ちていた切符を拾って私の方へ差し出している。 「これお兄さんのじゃない?」切符は私のではないし私はお兄さんでもない。 自分のでは無い旨を告げると、おばさんは切符を持って駅舎の方へ戻っていった。 松本の人はやさしいんだな…  実は先ほど下車した時、そこに落ちている切符に私も気づいていたが、誰かが捨てたのだろう位に思って素通りしたのだ。

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やって来た電車は、そんなやさしい人たちを乗せて走り出す。 私は暖かい車内でついウトウト舟を漕ぎ、気が付いた時は既に終点の一つ手前まで来ていた。 降りる準備をしているうちに松本着、改札口を出て松本の街中へと繰り出してみようか。 といっても特段行くあてはないので、足を向けたのはかつて知ったる松本城。 年末の平日夕方では人影は少ない。 時間を持て余したのか、客の無い人力車の引き手と個人タクシーの運転手が人待ち顔で公園内をブラブラしていた。 夕陽もすっかり沈んで急激に寒さが襲って来たので、ここらで折り返して宿へと向かおう。

参考リンク