戸畑から再び鹿児島本線に1時間ほど乗車して香椎駅で下車、西鉄に乗る前に香椎線の末端区間を初訪問してみようかと思う。 跨線橋を渡って香椎線のホームへ降りて行き、10分ほど待つ。 ここは確か非電化だったから古いキハあたりに乗る事になるのかな?と思いつつ、ふと見ると線路の上に架線が張られているのに気づく。 いつの間に電化されたのか?… というところで、調べてみて状況が理解出来た。 香椎線は非電化のままだがこの3月から蓄電池車が走り始めており、駅構内の架線は充電の為に設けられたものだったのだ。
やがてホームに入って来たのは筑豊本線と同じBEC819系、さすがに今度は普通の電車と間違わず、ちゃんと認識出来た。 写真だけ撮ってすぐに乗り込んでしまったが、後で確認したら駅での停車中にパンタを上げて充電していたようだ。 香椎線のこれから乗る区間は海の中道を通っているので、「海の中道線」という愛称が付されている。 それは地学的には陸繋砂州で、その最先端部にある志賀島と九州本土とを繋ぐ部分の細い陸地の事を指す。 終点の西戸崎駅があるのは志賀島より一つ手前の島状の部分になるが、きっと風光明媚な景色が展開するものと、少々ワクワクしつつ席に着いた。 電車は香椎駅を静かに発車すると鹿児島本線を斜めにオーバークロスし、すぐに次の駅「和白」に停車。 左側には西鉄の貝塚線が寄り添って来ており、後ほど帰りにはここで乗り換えをする予定だ。
和白を出ると線路は大きく左に進路を変え、いよいよ海の中道へと入って行く。 車窓を期待していたが、右手は防砂壁の土盛りに阻まれ、左手も海が遠くて眺めは今一つ、最後に終点近くなってようやく少しの区間で海岸沿いを走るのみであった。 西戸崎に着いて、6分で折り返し。 こんな砂州の先端まで線路が敷かれているのは、ここがかつて、内陸部の炭田から採掘された石炭の積出港となっていたからだが、今は通勤や観光目的が利用者の中心となっているようだ。 駅は住宅地の外れにひっそりと建っており、駅舎正面側は駐車場を経て海の中道海浜公園の西口へと至り、背面側には福岡市営渡船「博多・志賀島航路」の西戸崎港がある。 帰路はガラガラの乗車率で発車したが、次の海ノ中道駅で大勢の客が乗って来て満員となった。 会話から推測すると、中国系の団体客が大半の様子だった。
海ノ中道駅を発車して線路が直線になると、その少し先には松林の中の信号場があった。 ここは1987年に移転するまで海ノ中道駅があった場所との事だ。 すぐに砂州の根元に位置する和白駅に着き、ここで隣接する西鉄へと乗り換える。 西鉄の駅はJRのホーム裏手にあり、駐輪場の中を抜けるように歩を進めると小さな駅舎が現れた。 簡易改札機にSuicaをタッチして入構、対向式ホームなので構内踏切を渡って新宮方面乗り場へと進む。 一応屋根があり日陰にはなっているが、暑い空気の中ホームで待つ事しばし、踏切警報機が鳴り出し、黄色い車体に赤い帯を巻いた小ぶりな2両編成の電車がやって来た。 車内に入りロングシートに座って見上げると、天井に吊り下げられたメッシュを被った古風な扇風機が、カクンカクンと止まりそうになりながら円周運動をしている。
貝塚線は、西鉄の他のどの線にも繋がっていない異端の路線である。 だけでなく、軌間も1067mmの狭軌であり、天神大牟田線等の標準軌とは異なる軌間となっているのだ。 それは当初、博多湾鉄道汽船という、本線系とは別の会社により建設されたという経緯によるものである。 なお、隣接する香椎線も同社の前身により開通されたもので、かつては和白駅で両線の線路は接続していたという。
和白駅を発車すると電車は今乗って来たJR香椎線の上を跨ぎ、右にカーブして郊外の住宅地の中を進んで行く。 次の三苫駅周辺はサーフィンが盛んなエリアのようだが、サーファーが西鉄の電車に乗ってやって来るかどうかは知らない。 終着の西鉄新宮駅が近づいても周辺は相変わらずで、線路は閑静な住宅街の中で唐突に終わりとなった。
島式1面2線の西鉄新宮駅、ホーム後方から構内踏切を渡り、小さな駅舎を抜ける。 駅前の道路を左手へ歩いて行くと、プッツリ途切れた線路終端部が見えて来た。 貝塚線はもともと宮地岳線と呼称され、この10km程先の津屋崎まで線路が延びていたのだが、同区間は12年前に廃止されている。 線路跡はバス乗り場へと変わり、その先は両側を道路に挟まれた細長い街区に民家が立ち並ぶという、大変分かりやすい典型的な廃線跡だ。 一人であたりの写真を撮っていると、若い男女のグループが楽しそうに森の方へと歩いて行った。 この森を抜けた先は玄界灘に面した新宮海水浴場である。 それを見送っているうち、高校の夏休みに友人達と房総の海へ泊りがけで遊びに行った事を思い出した。 連日海で泳ぎまくり、帰って数日すると体中の皮が剥けて酷い事になったっけ…。 などと、ボンヤリ思い出に耽ってちゃいけない、折り返しの電車が発車する時刻が迫っている。
往路と同じ電車に再び乗り込むと、すぐにドアが閉まって走り出す。 先ほどの和白を過ぎると、香椎花園前、西鉄香椎、香椎宮前と香椎の付く駅名が3連続、そのうち西鉄香椎から香椎宮前の次の西鉄千早駅までの間は立派な高架になっていた。 西鉄千早はJRとの接続駅でもあり、多くの乗降客があった。 駅前も大きなビルが集中し、貝塚線の中にあっては珍しく都会の駅といった感じである。 次の名島を過ぎ、多々良川を渡ると終点の貝塚駅に到着、ここで地下鉄箱崎線に乗り換えとなる。
西鉄貝塚線と地下鉄箱崎線は相互乗り入れが計画されていたが、現時点で特に目立った動きは無いようだ。 いずれにしろ実現の折には、貝塚線の昭和な車両は総入れ替えになるだろう。 今のところは双方の路線が突き当たる間の位置に改札機があり、電車を降りたら真っ直ぐ前方に歩いて行けば乗り換えられるようになっている。 どちらの改札もSuicaで抜けられるので不便はない。 これで貝塚線を完乗し、待っていた地下鉄車両に乗り、貝塚から中洲川端、そこで箱崎線から空港線の満員電車に乗り換えて博多駅へと向かう。 あとは鹿児島本線の区間快速に乗り込めば、涼しい車内で寝込んでしまっても、もう大丈夫。 何故ならその列車の終点は本日の宿の最寄駅、小倉なのであるから。