高山本線

本来なら昨日までの章で旅行記は終わっている筈だが、復路にもう一日割く事となったのでその分を若干書き加えておきたい。 もちろん18きっぷなので、私鉄でなく JR路線での移動である。 私鉄巡りの終章としては異色でこれを蛇足というのかも知れないが、番外編という事でご容赦を願いたい。

さて関西方面からの帰り道、東京へ戻る際の 18きっぷ経路としての定番は東海道本線だ。 これはもう疑う余地のない黄金ルートであるが、私も何回も経験してさすがに少々飽きて来た。 いま一つの選択は名古屋から中央本線に入ることだが、こちらも何度か利用しており、しかも塩尻から東側は自転車輪行等でも良く乗るお馴染みのエリア、なのであまり新規性がない。 では他に無いかと考えているうちに、そうだ!高山本線にまだ乗っていない、という事実に思い当たった。

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これまでは、普通列車で行く高山本線は非常に時間がかかるので、その日のうちに東京には戻れないだろうと考え検討した事がなかった。 だが、始発の岐阜駅を早朝に出ると仮定してルート検索してみると、高山本線、北陸本線、信越本線、上越線、八高線と乗り継いで何とか日付を跨がずに家に辿り着けるという結果が出た。 しかも高山では列車待ちで小一時間ほど余裕があり、若干の観光まで出来るというオマケ付きだ。 とんでもない迂回ルートではあるが、とりあえず家まで繋がるので、多少寄り道を含んだ帰路という事でこれを実行に移すことにした次第。 関西から東京への帰途で飛騨高山に寄り富山を経由して帰る、これはなかなかに酔狂なプランではないか。

そんな理由で岐阜駅前の宿で一夜を明かし、早起きをして朝一番の高山本線美濃太田行きに乗車した。 今日は月曜日であるからして通勤列車という事になるが、朝早いのでまだ車内はガラガラ。 混雑の始まる時間帯にはもう通勤圏を脱して山岳区間に入っているだろうから、ラッシュを心配する必要も無さそうだ。 2両連結の気動車は、右手に時おり名鉄各務原線の線路をチラ見しながら快適に飛ばして行く。 鵜沼を過ぎると名鉄とも別れ、木曽川に沿った渓谷を一頻り車窓から堪能すると、この列車の終点である美濃太田に到着する。

次に乗り継ぐのは高山行き、跨線橋を渡ると既にホーム前方にキハが入線し、アイドリングしつつ発車を待っていた。 車外に出ていた車掌氏に念のため「高山方面ですか?」と尋ねると、「はい、そうです」と明確な答え。 それで安心して、ドカッとボックス席に落ち着いた。 ここは他にも2~3の路線が集まっているから、よそ者が油断すると痛い目に合う。 発車するとしばらくして検札が始まった。 先ほどの車掌氏が来て 18きっぷを見せたら、少ししてから戻って来て、あらためて行き先を確認されたので少々焦った。 ここらでこういう切符を使う旅行者は稀なのだろうか。

photo JR高山本線高山駅は、飛騨高山市内観光の玄関口。

列車は徐々に山深くへと入って行く。 通勤ラッシュはないかと思ったが、途中の下呂駅前後あたりからは女子高生が多数乗って来て通学時間帯のような様相を呈した。 今は夏休み中の筈だが、きっと部活やら補習やらがあるのだろう。 そんな彼女たちが飛騨萩原でどっと下車して行った後は、一気に車内の風通しが良くなった。 身軽になった列車は 180度近くまでカーブを切って飛騨一ノ宮を過ぎ、快調に走り続ける。 そのうち谷が開けて来ると徐々に建物が増え出し、列車は広い構内の高山駅へと到着した。 次の猪谷行きの発車は1時間程先、少し街中を歩いて来るつもりだが、まだ朝8時台だから涼しくて助かる。

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駅前より真っ直ぐに続く石畳の細い道をしばらく行き、川を渡ると左右には雰囲気の良い古の街並みが広がる。 ここが飛騨高山の市内観光としては中心地のようで、朝早いにもかかわらず大勢の人々が繰り出して散策をしていた。 既に商いを始めている土産物店もあり、呼び込みの声が静かな街並みに遠慮がちに木霊している。 橋の袂まで来ると、透明な川面から微かに吹いてくる朝の風が心地良い。 その脇では朝市なども開催されていて、多くの人で賑わっている。

発車時間が近くなりブラつきながら駅へと戻ってみると、待合室は外人の観光客でごった返している。 ここ飛騨高山はミシュランガイドにも掲載されたとかで、海外から来る観光客からの人気が非常に高いのだ。 ツアーらしき団体客もいるし、バックパックを背負った小グループも見かけた。 暑いので、持っていた扇子であおごうと何気なくパッと開いたところ、皆一様に興味深げな目で私の手元を見つめるので少々気恥ずかしかった。 彼らの大部分は特急ワイドビューひだ号の改札でホームに入って行ったが、一部残った人達は私の乗る逆方向の普通列車を利用するようだ。

photo 古い町並みを眺めているとタイムスリップして時代を遡ったかのようだ。

改札が始まりホームへ入って行くと、そこで待っていたのはキハ48を先頭にした2両編成、これで猪谷へと向かうことになる。 高山から先、飛騨古川駅あたりまでは沿線に街並みが続いている。 角川(つのがわ)では駅に諏訪神社が直結しており、ホームから鳥居をくぐるとそのままお参りが出来てしまう珍しい形態が興味深かった。 その先から猪谷にかけての眺めが高山本線の中では圧巻であろう。 車窓の右へ左へと流路を変える谷川、列車はそのたびに鉄橋を渡りトンネルに突っ込んで行く。 私は何度もカメラを構えるが、一瞬の絶景が次々と訪れ、その切り替わりが早過ぎてシャッターが間に合わない。 しまいにはもう、肉眼で記憶に残ればいいやと、半ばヤケ気味になって写真は諦めた。

photo 坂上~打保間の車窓。行く手にこれから走る線路が見えている。
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そんな景色が一段落するとまもなく終点のアナウンス、列車は山間の小駅、猪谷に静かに停車した。 ここから以前は神岡鉄道が出ていたが、2006年に廃止されてしまった。 ほぼ全員の乗客がゾロゾロと、荷物を抱えてホーム前方に待つ次の列車へと移動する。 山中のこんなところで乗り換えを余儀なくされるのは、JR分社化の影響であろう事は想像に難くない。 実際ここから乗り継ぐのは、JR東海に代わって JR西の軽快気動車だ。 猪谷からはずっと神通川を右手に見て下って行くが、鉄橋を渡って右岸に移り少し谷が開けるとそこは笹津駅。 このあたりから徐々に線路は山あいを抜け、富山の平野部へと降りて行った。 工事中の北陸新幹線の高架下を潜ると、列車はようやく富山の市街地へと走り込む。 到着した富山駅は、新幹線乗り入れと高架化の工事中で雑然としていた。

仮設の跨線橋を渡り、12分後に発車の北陸本線直江津行き電車に乗車、ブルー単色塗りの 457系である。 乗換の際に売店が見当たらず、お昼を過ぎたが食料を調達する事が出来なかった。 仕方なく、今日の朝食用にと買っておいて食べ切れなかった菓子パンを車内でぱくついて凌ぐ。 結局この旅行中でまともに食べた昼飯は、第一日目のカレーライスのみという残念な状況なのである。 途中で再び車内検札、この日は家に着くまで都合4回ほど検札に出くわした。 インクを補填したばかりだったのか岐阜駅の押したスタンプがやけに滲んでいて、見る人ごとにしかめつらをして一生懸命に日付を判読している。

その後、北陸本線では真夏の青い日本海の眺めを充分堪能し、直江津からは新潟色 115系の信越本線で緑の水田の中を長岡へ。 そこからは折り返し上越線の列車に乗り換えて上越国境の分水嶺を越え、夕闇迫る水上でさらに電車を乗り継いで高崎へ。 最後は乗り慣れた八高線の気動車で東京へと帰る旅程となる。 だいぶ遠回りをしたおかげで、最終日の帰路も目一杯楽しむ事が出来て嬉しい限り。 旅はまだまだ続く、家に帰り着くまでが大人の遠足なのである。