翌日は4:30起床で5:20にはチェックアウト。 今日は延岡までの移動だが、途中に未乗の日南線往復を挟んだので、こんな早起きとならざるを得なかった。 朝日を浴びつつ眠い目を擦りながら駅改札口へ行き、とりあえず18きっぷに日付を入れてもらったら、ひとまず改札外の待合室へ落ち着く。 昨日まではほぼ新幹線での移動だったが、ここからはようやく18きっぷの出番となる。
待合室のテレビでは八丈島あたりの暴風雨を中継している。 出発数日前に発生した台風が、日本列島を東から西へ進むと言う、前代未聞の異変が起きているのだ。 前の晩に泊まった大阪近辺が今日あたりは危ないらしい。 その後、私が移動した後の鹿児島にも襲来したので、今回の旅は迷走台風に追っかけられつつギリギリセーフで逃げ切った、という事になる。 そう言えば阿房列車の百間先生も、九州を旅した折にそんな目にあっていたのを思い出す。
少し時間をつぶした後に改札を入りホームへ降りて行くと、程なくして始発列車が入線した。 頭の中では完全に気動車をイメージしていたので、軽快な2両編成の電車が入って来たのに少々驚く。 そりゃ九州新幹線に主役の座を持って行かれたとはいえ、仮にも鹿児島・日豊本線だものね。 かつては本州との間にブルートレインすら走っていた電化の主要路線なんだから、侮ってはいけない。
宮崎神宮行き普通列車は、定刻に発車すると7分程の足慣らしでお隣の鹿児島駅に着き、少し停車したのちいよいよ日豊本線を本格的に走り出す。 私が座しているのはもちろん進行右側のボックスだが、海側の景色を眺める為なのは言うまでもない。 案の定、しばらく走ると右手に錦江湾の眺めが開け、その向こうには鹿児島の象徴、桜島が浮かんでいる。 多少台風の影響が出て来たのか、空は雲が多めだが所々青空も見える。
寝不足でボンヤリしながら眺める車窓は半分夢心地なれど、見るものはしっかりと目に捉えている。 湾の波間にポツンと浮かぶ小さな黒い影!あれはまさしく潜水艦の形ではないだろうか? 慌ててカメラを取り出し目一杯ズームすると、やはりどうもその様だ。 スマホで調べてみたところでは、海上自衛隊の潜水艦が錦江湾で試験運転を行なう事が多いらしく、これは割合よく見られる光景なんだそうな。
隼人、霧島神宮、都城と過ぎ、2時間半程走って日南線の分岐する南宮崎に着いた。 予想していたより割合大きな構内だが、乗り継ぎの時間がまだ大分あるので、もう一駅乗って宮崎で待つ事にした。 宮崎は県都らしい2面4線の立派な高架駅だが、エスカレーターを降りて行くと目の前がいきなり改札で面食らう。 つまり、上り下りのホーム直下にそれぞれの改札があり、その間には改札外通路が通るという謎の構造となっているのだ。
時間が来るまで駅前をブラついたりしていたがさすが宮崎で、棕櫚の並木が続いているのは実に南国、なかなか開放的な気分にさせてくれる。 発車20分程前となりホームで待っていると、2両編成の気動車が到着。 国鉄型で重厚なボディは、やはりこれじゃなきゃという感じ。 古めかしいが安定感があって、私の年代としては車内もしっくり馴染める伝統の調度であるのが嬉しい限り。 席で発車を待っていると係りの人が来てホーム反対側のドアを手コックで「プシュー」と開放し、腕を伸ばして行き先のサボを交換していた。
これから日南線に乗って向かうは、当然ながらその終点である志布志駅だ。 昔は国分から分岐する大隅線や都城から出ていた志布志線があり、志布志線だとそこそこの時間で行けた様だが、今は迂回する日南ルートで距離的に3倍程もあり、2時間以上かかってしまう。 しかも昼間、志布志まで直通する列車は殆どなく、途中の油津が中継点となっている。 そしてそこでの乗り換え待ちが15~30分前後発生するダイヤなので、さらに遠い僻地と感じてしまうのだ。
今度の座席はもちろん海側の左だ。 南宮崎で日豊本線と分かれ、次の田吉駅で左手に宮崎空港が見えて来て、宮崎空港線が分岐する。 空港線は電車が乗り入れるので、日南線もここまでは架線の下を気動車が往来する。 空港線を分けた後、列車は徐々に海岸沿いを走る様になるが、いかんせん窓が汚れにより赤茶けて曇っており、今ひとつ視界のスッキリしないのが残念だ。 こういった所は、やはり新しい電車の方が良いと思ってしまうのは、私の我がままなのだろうが…。
元々乗客は多くはなかったが、青島で観光客が降りると車内は見通しが良くなった。 内海あたりでは海岸に、青島と同様の鬼の洗濯板状の地形が広がり、他では見られないなかなか興味深い光景だ。 伊比井駅を過ぎると長大な谷乃城トンネルを通り抜け、そこからしばらくの間、列車は内陸部を行くようになる。 海が見えないので平凡な風景が続き、もうかなり長いこと乗ったのもあって、気がつくといつの間にか意識が飛んでいる。 そのうちアナウンスがあってようやく油津に到着となるが、あぁ、まだここまでで半分なんだと思うと、この先の長さが思いやられるのであった。
往路は油津で17分程度の乗り継ぎなのでまだいいかも知れないが、帰りは30分ほども待たねばならない。 駅前の観察はその時に残しておき、今はとりあえず駅舎のトイレだけ借りた後、入って来た次の列車に乗り込んだ。 ここからは単行の気動車だが、乗客は大多数が油津駅で降りてしまい、次の区間へと進むのは同業者らしき数名だけのようで車内は閑散としている。 乗り換えた油津は実は港町で、発車するとすぐ左手には港の風景が開けて来た。 だがその海岸風景もそこから二駅程でおしまい、列車は再び内陸部へと向けて右にカーブを切り、山へと分け入る。
日向大束、日向北方と、頭に「日向」の付く駅が続き、次は福島今町、福島高松と「福島」を冠した駅が並ぶ。 このあたりの旧町名が、全国に数多ある福島であった為だが、現在は「ふ」が抜けて串間市となっている。 線路はまた海岸沿いとなり、岬を周って大隅夏井の駅を出れば、次はやっと終点の志布志である。 訪問する前は鄙びた漁村かと思っていたが、最後のトンネルを抜けてカーブを曲がると、車窓に大きな街の光景が広がって来てちょっとビックリであった。