北海道・摩周・晩夏 | |
第三、四日目 |
屋根をたたく大粒の雨音で目が覚める。昨夕、戸建てになっているコテージの玄関の軒下で先に送っておいた輪行袋と対面し、一応封を解いて組み立てておいたのに。仕方がないので今日は自転車には跨らない事にし、宿のおじさんにお願いして車で近くのコンビニまで連れて行ってもらい、食糧を若干多めに買い込んでおく。「近く」とは言え、車でゆうに10分以上は突っ走ったから北海道はスケールが違う。テレビのニュースによれば台風は東京上空を通過中、明日は北海道へ近づくと言っている。
コテージは敷地内に何棟か建ち、それぞれ微妙に作りが違う様だが、基本はログハウスである。部屋はキッチンとバス、トイレ付、8畳程の主室と、網戸でがっちりガードされたベランダがある。冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、電話、カセット式のガスレンジが装備され、もちろん頼んでおけば食事も用意してくれるが、自炊をするにも不自由はしない。時々外の様子を見つつ、テレビを見たり、持参したラジオをつけたり、昨日釧路で仕入れた本を読んでみたりして、長いこの日が暮れていった。
夜、明日は何とか晴れて欲しいと願いつつ、5万図を広げてみる。実はこの地図 10年程前に購入したのだが、一度夏休みにこの辺りを走ろうと思って用意したものなのだ。ところが仕事上のトラブルに見舞われ、結局その休みは出勤になってしまったため、予約した宿等も全てキャンセルし、計画を中止したという経緯がある。その時の復習戦という意味合いもあったのだが...、今回の旅は。
翌日もやはり同じような天気で、これはもう完璧にダメそうだ。昨夜から繰り返しテレビで流され続けている衝撃的な画面にもすっかり落ち込み、旅行どころの気分じゃなくなったが、現在道内の交通はほぼマヒ状態。動くに動けないし、自転車も乗れないし、ニュースを見るのも怒りと悲しみで気が滅入る。気分を切り替えようと、雨具を身にまとい傘をさして、屈斜路湖へと向けて雨の中を闇雲に歩き出す。台風はこちらへ向かっているようだが、まだ風はそれほど吹き荒れていないのが救いだ。
国道を一人でズンズン歩いて行く。こんなとこ歩く人なんて普通いないだろうから、車から変な目で見られるかもと思っていたが、フード付き上下の雨具で重装備した姿は道路点検のスタッフか何かと思われたのだろう。誰もスピードを緩める事なく、車はビュンビュンと私のすぐ脇を通過して行く。20分ほど歩いて、温泉街入り口のスタンドの所まで来た。ここから右折して学校や役場の前を通り、やがて硫黄の匂いがして来ると、ぼちぼちとこじんまりしたホテルが立ち並ぶ街区に出てくる。
中型の観光バスが 1台、ホテル前の玄関でアイドリングしてるが、乗せるべき乗客の姿はまだ見えない。道の反対側はちょっとした公園になっており、その間を流れる小川からは湯気がたっている。すぐに尽きるホテル街を抜けると、やおら森林地帯となり、さらに道は真っ直ぐと屈斜路湖の方へ向かって進んで行く。両側から深い森が覆い被さって来ているので道路も暗く、昼間なのに何やら不気味な空気が流れている。こんな所で熊なんか出てきたらどうしよう、いやそんなわけないな、と一人で問答しながら歩いて行くと道が左に急カーブしている地点に到達。
さてどうしよう。地図だとここらから湖畔に出られるはずなんだけど。と思って良く見ると、カーブの途中から分岐して森の中へ分け入って行く細い砂利道が一本。それこそ熊でも出て来そうなシチュエーションだが、思い切って足を踏み入れ、雨に濡れた草むらを踏みしめて前へと進む。幸いすぐ森が切れ、ちょっと空が明るくなったなと思ったら、目前の潅木の向こうにチラリと灰色の水平線が写った。だが、すぐ足元には大きな水溜りが道いっぱいに広がっており、嗚呼、残念ながらそれ以上先へは進めないのだった。ここまで約 1時間、往復で 2時間のハードな荒天散歩となった。