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[ 日立電鉄 | 岳南鉄道 ] 2004/08 

常北太田駅
常北太田駅
車内の扇風機
車内の様子
鮎川駅
鮎川駅前
鮎川駅の留置線
■日立電鉄


冷房の効いた快適な列車を降りて、改札口を通り、小さな待合室を抜ける。とたんに「うへぇ」という言葉が口をついて出そうになった。通りの向こうには目指す私鉄の駅舎が見えるが、夏の熱射と目の前を通過して行く大型トラックの排気ガスとにもみくちゃにされ、陽炎の中に揺れているようだ。乗る予定の電車は今からまだ 30分後なので、しばらくこちらの待合室で休憩し、熱波の中へと飛び込んで行く心の準備をしようと思う。

今日は青梅から八高線、両毛線、水戸線と乗り継いで、水郡線の常陸太田駅へとやって来た。かねてより一度訪問しておきたいと思っていた日立電鉄へこれから乗ろうと思うのだが、さすがに真夏日の昼下がり、この日の気温もうなぎ上りで、とてもテクテクと駅の周りを探検して歩くような気分にはならない。

自販機のペット冷茶を飲みつつ少々時間をつぶした後、覚悟を決めて外の歩道へと繰り出す。渡ろうとする国道の歩行者用信号が思いのほか長時間で、待っているうちに目の前がクラクラして来た。頭上に歩道橋もあるにはあるが、これとて、登ろうとする気力が沸いて来るものではない。やっと信号が変わり、靴底が溶けそうなほど熱いアスファルトの上を足早に歩いて行く。

飛び込んだ先は日立電鉄の常北太田駅。小さな駅舎だが一応ターミナルらしく待合室もあり、大きな屋根に覆われているので多少とも暑さをしのげるのは嬉しい。自動券売機で終点の鮎川まで切符を買い、改札へと向かう。入鋏省略かと思いきや、券売機の発券音でお客を察知した駅員がガラっと窓を開け、「毎度ありがとうございます」と丁寧な対応をした。

ホームへと上がって行くと既に数人の客が、浅い屋根の下で電車を待っている。その奥の方には赤い... というよりは薄汚れて赤茶けた電車が、何編成か体を休めていた。営団からもらい受けて来た車両はこの線用に適宜改造されているが、その屋根上はパンタが付いた以外はのっぺりとして、地下鉄時代の面影を色濃く残している。だがそれを見た瞬間、私は「しまった!」と思った。

この耐え切れない暑さは電車に乗るまでの辛抱と思っていたが、日立電鉄にとって最新鋭のこれら車両ですら、冷房化はされ得無かったのである。これから 40分近くの車中を、冷房無しで過ごさねばならない。今どきエアコンの無い電車に乗る等考えてもみなかったが、地元の人にとってこれはいつもの事、ホームの客たちも淡々として電車を待っている。



やがてカンカンと踏切の警報機が鳴り出し、程なくカーブの向こうから 2両編成の電車がグラグラと体を揺らしながらやって来て、ブレーキの音も賑やかに、鉄粉の焼ける匂いを撒き散らしながら目の前のホームへ止まった。数人が降り、数人が乗り、ホームを反対側の運転室へ歩いて行った運転士がガタンと扉を閉めると、後は人の動きは無い。見上げると、天井からぶら下がった営団Sマークのレトロな扇風機が、室内の熱気を目一杯かき混ぜていた。

時間が来て発車。線路は思いのほか状態が良くないようで、揺れがひどい。目の前では先ほど一緒に乗り込んだ清楚な女子学生が、暑さに耐え切れずスカートの裾をバサバサとやっている。家々の軒先を抜け、田園地帯へと分け入って進んで行くと、ようやく全開の窓から涼しい風が車内に吹き込み始める。ロングシートに斜めに座り、窓に肩肘をついて顔に風を感じつつ進む電車、そんな懐かしい感触を久し振りに味わった。

次々出て来る停留所や交換駅に小まめに停車しつつ、電車は走って行く。交換駅の前後ではポイントで分岐するのだが、これがまたかなりの急角度で分かれているようで、繋がった車体同士が異常に食い違う。走行中に連結部を歩くと電車に喰われるかも知れない。私はワンマンカー(日立電鉄が日本初だそうだ)の後部1両に乗っていたので、降車の時までにあそこを通らねばならない。何故なら、無人駅では前の1両しかドアが開かないからである。

常磐道の下を潜り、さらに大きく左にカーブしつつ常磐線をアンダークロスすると海側へ出て久慈浜に停車。東進して来た日立電鉄の線路はここから常磐線に沿って北へ向かうが、JRに駅は無いので、降りても乗り換えは出来ない。乗り換えは次の大甕(おおみか)だが、何とその手前で再び常磐線をオーバークロスして山側のホームへと進入する。用地の関係なのだろうが、どうも無駄な投資をしているようで可愛そうでもある。ちなみに大甕〜鮎川間の延長開業以前は、ここは海側の終端ホームになっていたらしいが。



大甕で殆どの乗客が降りてしまい、車内はガランとなった。乗り換えの人達はホーム上の中改札を抜けて跨線橋を渡り、隣の常磐線ホームへと移って行く。思い切り軽くなった電車は、保線作業を行なっている分岐器を微速で静々と通過し、そこから一気にモーターの唸りを上げ築堤を登りだす。何と三たび常磐線と交差して海側へと出て来るのだ。

そこからは徐々に JRの線路から離れつつ、海の方へ近づいて行く。高架状になっている河原子駅のあたりからは、右手遠くに太平洋の水平線が望めた。次の桜川で残っていた僅かな乗客も全て降りてしまい、車内に残ったのは唯一人。次は終点鮎川を告げるワンマンカーの車内放送が、私の為だけにむなしく流れる。左側から再び常磐線が寄り添って来て、電車は右手の国道とに挟まれた、か細いホームへ到着した。

しっかり停まったのを見計らってから連結部を通り抜け、先頭部で待っている運転士に切符を渡しに行く。改札口は後方なので少々遠回りだ。切符を渡す時に「何分で折り返しますか?」と尋ねると、その若い運転士は「えーっと、」と運行表を取り出して、「20分に発車だから、後30分ほどですね。」と親切に教えてくれた。

ホームの石段を下り、誰もいない改札を抜けて駅前へと出てみる。すぐ目の前の国道をビュンビュンと車が行き交うが、駅前で停車する車は皆無。ここから後もう少し線路を伸ばせば日立駅なのに、何故こんな中途半端な場所で終点になっているのか。聞けば日立までの免許を持って建設に臨んだというが、資金が底をついてしまった為なのだろうか。



駅の外側から、折り返しを待つ赤い電車とその隣で昼寝をしている同型車の姿を、ひとしきりカメラに収める。駅前には何も無いのでその後はする事もなく、どこからともなく現れた老婆と共に、狭い待合室の椅子に座って発車の時刻を待っていた。出札窓口の中は暗く、改札口に掲げられた事業廃止の予告文が、この鉄道のフィナーレを告げている。

カメラの液晶モニタを覗きながら何気なくホームの方へレンズを向ける。次の瞬間、私はハっとしてカメラを背けた。ホーム上の腰掛に、先ほどの運転士がうなだれて座っていたのだ。それはただ暑さに参って休憩していただけなのかも知れないが、廃止予告の掲示を読んだ直後なだけに、余計な想像もしてしまう。存続運動も起こっていると聞くが、この小さな地元の足を後世に残す方法を、何とか見出す事は出来ないものだろうかと思う。

定刻になり、二人の乗客を乗せて発車。さすが運転士はプロで、既にシャキっとした感じに戻ってマスコンを握っているので安心した。次駅へと向かって体を震わせながら速度を上げ始めた電車の脇を、常磐線の優等列車が高速で一気にすり抜けて行った。

Part1「日立電鉄」(終)




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