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Wenn ich die Eisenbahnschiene gehe

線路を歩いていたら

- 作 Pinky -

 ある日曜日、急に小学校時代からの友人である卓ちゃんに会いたくなった。それで今日の午後、近所のショッピングモールにお買い物に行こうと誘った。彼はその誘いを快諾してくれて、2時ぐらいに彼が僕の家まで迎えに来てくれることになった。
 昼食後、お昼寝をして時間をつぶし、目が覚める頃にはちょうど卓ちゃんが迎えに来てくれる時間となっていた。僕は携帯電話とお財布だけを持ち、家の前に出て卓ちゃんの到着を待った。
 卓ちゃんを待ち始めて、かれこれ5分が経つと、彼が運転しているシルバーメタリックの軽自動車が到着した。
 助手席のドアを開け、彼の車に乗り込むと、卓ちゃんは、
「何だよ」
 と言ってきた。
「いや、ちょっと急に卓ちゃんの顔を見たくなってね」
「そうか・・・。とりあえず、俺は今から所沢を出たい。そうだ、国道16号線の方へ行こう」
 卓ちゃんが突飛なことを言い出した。しかし、僕は反対しなかった。まだ時間はあるし、なんだか面白そうだったからだ。
 そうと決まれば早速出発。まず卓ちゃんは車を国道463号線へ走らせ、隣町入間市の小谷田交差点まで行き、そこから国道16号線に入って行った。ずいぶん遠回りのようにも思えるが、彼はこの道しか知らないのだというから仕方がない。
 車中ではお互いの大学生活の話や、最近発売されたゲームの話で盛り上がったが、国道16号線に入った途端、卓ちゃんは目の色を変えて急に車のスピードを上げ始めた。さらに彼は、ついこの間、電信柱に車をぶつけたばかりだと言うのに、調子に乗って歌を歌ったりしながら運転している。何だかだんだん助手席に乗っているのが怖くなってきた。
「おい、またどこかにぶつけるぞ」
 僕がとがめると、
「大丈夫だ。心配するな」
 と彼は言った。
 しかし次の瞬間、何かにぶつかったのか、あるいは乗り上げてしまったようで、車が大きく揺れた。
「そら見たことか」
「いやぁ、びっくりした」
 卓ちゃんはのんきなことを言っていたが、異変に気づいたのはそれから10分もしないうちだった。
「なあ、何か後ろの方から変な音が聞こえてこないか?」
 突然卓ちゃんが言った。よく注意して聞いてみると、確かに後ろの方から、軽自動車とは思えない、まるで大型トラックや大型バスが走っているような轟音が聞こえた。
「さっきのでパンクしたんじゃないか?どこかで止めて見てみようぜ」
 僕が言うと、卓ちゃんは、参ったな、といった表情で、
「止められるならば止めているよ」
 と言った。辺りを見てみると、確かに彼の言うとおり、今は車を止められる状況ではなかった。もしここで車を止めてしまったら、後ろから追突されることは間違いないだろう。
 何とかだましだまし車を走らせ、ようやく車を止められる所がありそうな小道を見つけ、国道からその小道に入ったが、一難去ってまた一難。今度は道が狭すぎて、止められそうになかった。
「どこに止めればいいんだよぉ!」
 二人でそんなことを言いながら小道を走っていると、線路の横にある小さな空き地を見つけたので、そこに車を止めた。
「よし。ちょっと見てくるから待ってて」
 と、卓ちゃんがエンジンをかけたまま車を降り、車の後方に回った。そしてタイヤを見て、しまった、という表情を浮かべた。やはり何かあったらしい。
「パンクだ・・・」
 その言葉を聞き、僕も車を降りてタイヤを見ると、無残にもタイヤの側面に穴が開いていて、接地面がつぶれていた。
「どうしよう・・・」
 卓ちゃんがつぶやいた。それを聞き、僕は自分でも驚くぐらい素晴らしいことを思いついた。
「よし。スペアタイヤに換えよう。とりあえず、エンジン切ってハザードランプ点けて」
 いやぁ、我ながらいいことを思いついた。そう思いながら僕は卓ちゃんに言い、そして、
「開けさせてもらうよ」
 と言って車のトランクを開けさせてもらい、スペアタイヤやジャッキなどを取り出して、早速タイヤの交換作業に取り掛かかろうとした。だが、その時だった。
「ねえ、この線路、気にならない?」
「えっ?」
 またもや卓ちゃんが突飛なことを言い出した。こんな時に何を考えているんだ、と言ってやろうかとも思ったが、しかしそれ以上に僕もこの線路が気になっていた。
「タイヤ取り替える前に、ちょっと歩いてみようぜ」
「うーん、でも電車が来たりしない?」
「来るわけないでしょ」
 と、卓ちゃんが親指で線路を指差した。見ると、線路はさび付いていて赤黒く変色しており、また、架線を張る電柱はあるものの架線はなく、その電柱自体も木でできていて、どす黒く変色していた。どうやらこの線路はもう使っていないようだ。
「面白そう!行ってみようか!」
 そうと決まれば、トランクから出したタイヤや工具を全部トランクにしまい、どうせすぐ戻ってくるだろうと、ハザードランプを点けたままにして線路を歩き始めた。
 歩きながら線路を見てみると、枕木や線路に敷き詰められている石は土砂や草に埋もれて見えなくなっていたし、場所によってはレールまでもが草に埋まってしまっている所があった。
「すごいな。ずいぶん長い間電車が走っていなかったみたいだね」
「ああ、そうだね。しかし、こうして歩いていると、スタンドバイミーを思い出す・・・」
 と、卓ちゃんは、スタンドバイミーを口ずさみ始めた。すると、何だか僕まで映画の中に入り込んで行ったような気分になった。
初めは家の多い所を通っていた線路跡も、使われなくなって埋められた踏み切りの跡をいくつも通り過ぎ、今にも朽ち果てそうな鉄橋は渡ると危なそうだから迂回しながら先へ進んで行くうちに、畑の中の広々とした所に出た。とても風光明媚な景色で、そんな中を二人でいろいろと歌を歌いながら歩いていると、遠くに森が見えてきた。
「おっ、何だか面白そうじゃん!」
 卓ちゃんは、足早に森の方へ向かって歩き始めた。僕も一緒に早足で森の方へ向かって歩く。本当はもっとゆっくり周囲の景色を楽しみながら歩きたかったけれど、何だか森の中に面白いものがありそうで、意に反して早足になってしまう。きっと卓ちゃんも同じ気持ちなのだろう。
 期待に満ち満ちて入って行った森の中は、とても幻想的で、何かの映画に出てきそうな景色だった。
 その景色を見て僕は、
「わあ、すごい!」
 と、まるで子供のような声を出してしまった。卓ちゃんも、僕のように声に出しはしなかったが、この景色を見て、何らかの感動を覚えているようだった。
 二人でその場に立ち止まって辺りを見回していると、50メートルぐらい向こうに見える森の出口の所に、僕達と同じ年頃と思われる女の人が立っていた。その人はこちらを振り向くと、優しく微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、僕は思わず、
「あっ」
 と声を出してしまった。
「ん?どうしたの?」
「いや、向こうに人がいてね・・・」
 僕がそう言うと、卓ちゃんは信じがたいことを言った。
「誰もいないじゃん」
その言葉を聞き、僕は思わず言葉を失ってしまった。
「えっ、でも確かにそこに・・・」
 僕はその人がいた方を指差して言ったが、しかしそこにはもう誰もいなかった。
「見間違いじゃないの?お前、目が悪いもんね」
「う、うん・・・」
 そうは言ったものの、やはり納得ができず、早足でその人がいた所へ行ってみたが、そこには誰かがいた形跡は全くなかったし、誰かがここから逃げて行ったような形跡もなかった。やはり見間違いだったのだろう。そう割り切って、また卓ちゃんと共に線路を歩き始めた。
 森を抜け、少し大きな道を渡ってさらに進むと、今度は雑木林の中に入って行った。さっきの森ほどの景色ではないものの、本当にここが埼玉県かと思わず疑ってしまう光景だったが、この先で線路は不自然な形で途切れていた。目の前には大きな橋があり、これのせいで不自然な途切れ方をしているのだろう。
「どうする?卓ちゃん。この橋の向こうに行けば線路の続きがありそうだけど・・・」
「うーん、タイヤも換えなきゃいけないし、引き返そうか」
「そうだね」
 ここで僕たちは引き返すことにした。元来た道を歩き、さっきの森に戻ったが、さっきの女の人はどこにもいなかった。やはり何かの見間違いだったのだろう。
 見間違いだとは割り切っていても、それでもどうしてもさっきの人が何だったのかが気になる。車が置いてある空き地へ戻る道中も、そのことばかりが気がかりで、すっかり上の空になってしまい、何度もつまずいて転びそうになってしまった。
何とか転ばずに車を止めてある空き地に戻り、
「さて、じゃあタイヤを取り替えようか」
 と、卓ちゃんは張り切って作業に取り掛かったが、タイヤ交換を思いついた当人の僕は、ボーっとしながらただ黙って卓ちゃんに工具を渡したりするのみだった。
 タイヤの交換作業は20分ほどで終わり、作業が終わったらそのまま帰路につくことにした。
 帰り道で卓ちゃんは、ずっとパンクした理由をどうやってごまかそうか考えていた。そして僕は相変わらず、さっきのあの女性は一体何だったのだろうかとずっと考えていた。
 帰宅後、夕飯を食べながらも、お風呂に入りながらも、気になっていることはただ一つだけだった。とにかく気になって仕方がなくて、なかなか寝付けずに結局大して眠れないまま朝を迎えてしまい、寝ぼけまなこのまま大学へ行った。
 この日、朝一番の授業は受講人数が特に多いと有名な授業だが、僕は何とかお目当ての一番前の列の席に座ることができ、本を読みながら授業が始まる時を待った。
 すると、どこからともなく声が聞こえた。
「あの、隣の席、空いてますか?」
「ああ、はい」
 と、何の気なしに声の主の方を振り向くと、僕は信じられない光景を目の当たりにし、思わず大声で叫びそうになった。何と、そこにいた女の人は、昨日あの森の中で見た女の人にそっくりだったのである。こんなことがあっていいのだろうか・・・
「・・・一体何なんだ・・・?」
 あれは夢だったのだろうか・・・?僕は、ますます何が何だか分からなくなってしまった。

- 終 -

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