かのトワイライターファミリー、保科さんご夫婦 からお便り頂きました。入間馬車鉄道に関する、貴重な情報です。
中武馬車鉄道(入間、青梅間)があったと同じころ、入間、飯能間にも今となっては珍しい馬車鉄道が存在していました。その名はずばり「入間馬車鉄道」です。
開通は明治34年、廃止は大正6年ということで、廃線跡を見つけることは馬車鉄道ということを考えると(通常は路面併用軌道、しかも橋も丈夫なものをつける必要がないなど)絶望的です。
しかし、幸運にも入間馬車鉄道には、貴重な遺品(遺構とは言いがたい)が残されているのです。まずは、写真を御覧下さい。これはお墓の足元のアップですが、良くみると茶色いものが 2 筋。
これでお分かりですね。この2本のものが入間馬車鉄道でかつて使われていたレールなのです。場所は、狭山市の市街地から入間川を渡った丘の上の墓地です。墓に祭られている清水宗徳氏は、明治時代に活躍した政治家で、地元の産業の振興に功績があり、入間馬車鉄道の敷設にも参加したそうです。その功績を讃えて入間馬車鉄道のレールをそのお墓に使ったそうです。
なお、狭山市の民俗資料館には、このお墓の話、そして、入間馬車鉄道の馬車の復元模型なども展示されています。