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青梅鉄道がこの二俣尾駅を開設したのは1920(大正9)年元旦の事で、その目的は、浅野セメントが駅の北方にある雷電山で新たな石灰石採掘場を開いた事によるもの。その後電化により青梅電鉄となり、昭和4(1929)年の二俣尾〜御嶽開業までの約9年間、ここ二俣尾は終着駅であり、また石灰石の積み出し駅として賑わっていたそうだ。 |
□これぞ由緒正しき日本の駅という感じ。入り口左右に並んだ赤いポストと肌色の電話ボックスが、いい味を出している。 |
□黒い板に白文字の路線図がかなり時代がかっている。ひとけ無い改札の上に掲げられている時刻表、下りの方面表示は「氷川」である。 |
□右手に駅舎の乗るホーム、中央に工事中の跨線橋、その下には旅客用の島式ホームが見える。手前に長く伸びてきている側線では、簡便な索道を介し多摩川から運んで来た砂利を扱っていたそうだ。1958年頃には、ED27が暴走して車止めを突き破り、旧青梅街道に転落した悲しい事件もあったとの事。 |
□奥多摩の山々を背景に、ED16の引く石灰石列車が氷川方から二俣尾駅構内に入線する。 |
□17mと20mの旧型国電の混結編成が走るその脇に、カーブして本線から左手へと離れてゆく架線が見えるだろうか。これが雷電山への引込み線だ。 |