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[ 2012/09 ] あけぼの、弘南鉄道、津軽鉄道、五能線の旅

5. 五能線

五所川原での一夜が明け、今朝は遅めに起きて駅へとご出勤だ。 既に9時半を回っているが、もうすぐ奴がやって来る。 そう、乗る筈だった「リゾートしらかみ2号」である。 やがて入線して来たリゾート列車は くまげら編成のジョイフルトレイン、私は改札口から向こうのホームに着いた窓の大きな車両を恨めしそうに眺める。 座席は良く確認出来ないが多分満杯なのだろう。 まさか空席を残したまま走ったりしてないよな。だよな!  と念を押した所で、しらかみは軽い排気音を残してホームを出ていった。 待合室には40分後に出る次の普通列車を待つ客が何名か。 とりあえずしらかみを確認して見送るため早めに出て来たが、まだ次の発車まではだいぶ時間がある。 暇つぶしに駅売店の中を覗いていたら、特集が「青森鉄道誌」というなかなか興味深い地域本「あおもり草子」を見付け、思わず購入してしまった。

時間を持て余した末ようやく改札が始まり、18きっぷに日付を入れてもらって跨線橋を渡る。 やって来た弘前発の気動車は、昨日と同じ系列の2両編成だ。車内は割り合い空いているが、ここ始発じゃないので既に海側のボックス席は完璧に埋まっている。 一人で占拠してる客もいるが、何となくこっちへ来るなオーラが出ていて近寄り難い。 相席でお邪魔するのも気が引けるので、ここは悟りを開いて大人しく山側のボックス席へ落ち着く。 五所川原を発車し、鰺ヶ沢手前付近まではまだしばらく内陸部を走る。従って今の所あちらの車窓はさして羨ましくもない。 しかしこちら側は高くなって来た日差しが暑くてブラインドを半降ろし、遠くに岩木山は見えるものの、さすがにこれももう見飽きて来た。 そのうち車掌室より「鰺ヶ沢から団体がお乗りになります」とのアナウンスが流れたので、私は考えたのち察してボックスを捨て、空いていた海側のロングシートへと避難した。

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鰺ヶ沢駅に到着すると事態は私の予測通り展開した。 お揃いのバッヂを付けた団体さんがおしゃべりの声と共にホームから大挙して雪崩れ込み、たちまち車内は喧騒の渦となったのだ。 ボックスを占めていた一人客も有無を言わさず4人掛けに、ロングシートにも収まりきらず立ち客まで出る始末。 ツアコンらしき男女スタッフ数名は奥に入れずドア前に立っている。 フフっ、先手を打っておいて正解だったな、団体さんを甘く見ちゃいけない。 クロスシートの奥に押し込められたりなんかしたら、景色を見るのに身動きすら出来なくなってしまうんだから。 発車して少し走ると、通路の立ち客から「ワー」っと歓声があがる。 乗客を満載した列車は、いよいよカーブを切って日本海を望む海岸へと飛び出したところだ。

首尾よく先手を打ったつもりだったが、私は少しく後悔した。 ロングシートのボックス席寄り一番端っこに席をとった為、海を見ようと右に振り向くと椅子の背板しか見えない。 じゃあ左側はというと、お隣に座したツアー客のおばさんが先程からこちら向きで景色を見ている。 そちらへ振り向くと、気まずいお見合いになってしまうというわけ。 それで私は意を決して立ち上がり、海を真正面にして座席に立膝をついた。 小さい頃良くやった、いわゆるお子様座りというやつだ。 ほんとは靴を脱がないとお母さんに叱られるが、この際まぁいいだろう。 おかげでしばらく車窓を楽しみながら写真も撮れたが、海側の窓に貼り付いていたので向かい席の人には視界の邪魔になったかも知れない。 でもこの際まぁいいだろう。

しかしツアー客の団体はどこまで行くのか。 この列車は深浦止まりで、そこから先秋田方面は乗継をだいぶ待たなければならない。 前を向いて座り直した時に隣のおばさんへ聞いてみると、鰺ヶ沢まで皆を乗せて来たバスが、先回りして深浦駅で待っているのだそうな。 つまり五能線の旅情を絶景区間だけとても効率の良い形で味わう、美味しいとこ取りのお手軽ツアーなのか。 どうせならバスでそのまま行ってくれればツアー客だって全員座れるし、こっちも迷惑せずに済んだのに…なんて、狭い了見で文句の一つも言いたくなる。 鉄道が観光要素として取り入れられているのは、それはそれでとても嬉しい事ではあるのだが。

一度は降りたい驫木(とどろき)駅を発車し、広戸を過ぎたあたりでこの区間一番の絶景と車掌氏がアナウンス。 線路は海岸を遥か上から見下ろすようになり、風景は奇岩怪石が目立って多くなる。 私は再び立膝の姿勢で窓に向き合っているが、気がつくと山側に座っていた人達もこちらへと押し寄せ、合間からカメラを差し出して頻りに写真を撮っていた。 絶景も一区切りすると、まもなく終点深浦到着との放送が流れる。 私は又してもある事に気づき、人混みを縫い改札口の近い先頭車両へと移動、ホームに着くとそのまま駅トイレへ直行した。 用を済まし手を洗って出て来ると、既にその小さなトイレ前には男女共数十人の大行列が出来ていたのである。

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深浦着が12:06、次の東能代方面は13:32発で… という事はここで 1時間半位待つ必要がある。 これは時間帯的にもお昼でしょうという事で、駅前から海岸沿いの道を右手へと歩き出す。 実はこうなる事態を予測して、事前に駅付近の食事場所はリサーチしてある。 深浦駅は、港を核とした街の中心部からは離れた場所に位置しており、あたりで目ぼしい食事場所は数軒しかなかった。 その中でわりと口コミの評判が良かった回転寿司屋さんを目指して進むが、何メートルか先を同じ列車に乗っていたと思しきリュック姿の若者が、一人地図を見ながら歩いている。 あった、あれだ。海に面した道路脇に、およそ寿司店とは思えないメルヘンな外装の建物が見えて来る。先に到達した彼はその前に佇むと、やおら「ガラリ」と入口の引き戸を開けた。 いや、正確には開けようとしたのだが、虚しく「ガタッ」と言う音と共に、施錠された戸口によりその動作は拒絶された。 途方に暮れる若者の横を、私は何食わぬ顔で通り過ぎる。

さて、食堂がやっていないとなると奥の手を出すしかない。 実はさらにこうなる事態を予測して、乗る前にお握りを幾つか仕入れて来てある。 途中の自販機で冷たいお茶を買い線路伝いの道を日陰を辿りながら少し歩くと、そこから分かれて海岸方面へ抜ける路地があった。 進んで行くと目の前には国道、その向こうには赤い鳥居を乗せて海に浮かぶ岩場が見える。 大岩脇の遊歩道にはベンチがあり、折よく日陰になっていたのでここを昼食の場所と決めドッカと腰を下ろす。 目の前の海を眺めつつ、潮風に吹かれながらお握りを頬張る天国さ加減はどうだ。 曲線を描く波打ち際の向こうには岬が見える。 すぐ上の国道を通過して行ったサイクリストが、その岬へと向かう坂を登って行く姿が陽炎の中に揺れている。 海岸ではキャンプの留守番だろうか残った男性が一人、タープの下でしきりにイカを捌いて干していた。 食後は潮騒の音を聞きつつ惰眠を貪りたい所だが、寝過ごして乗り遅れるとコトなので、ベンチに座ったまましばらくボンヤリとしていた。

頃合いをみて深浦駅へと戻り、冷房の効かない待合室でしばらく待っていると改札が始まる。 ホームへ進むとそこでアイドリングしているのは何のことはない、先ほど乗って来た2両編成である。 どこかで油を売っていたのだろうか。いや、後半の走りに備えて油を食っていたのかも知れない… なわけないか。 さすがにここで乗り継ぐ客は多くないとみえ、車内は空いていて海側のボックスも容易に確保出来た。 見覚えのある顔も何人かいる。 昼休みが終わり、散っていた校庭から教室に戻って来た生徒達、そんな気分だ。 定刻発車、既にリゾートしらかみは秋田に着いている時間である。 難読駅として知られている艫作(へなし)を過ぎ、岬を回り込むと前方には海を隔てて白神山地が見えて来る。 ところどころ景色の良い場所で、列車はスピードを落としてサービスしてくれたりもした。 海はどこまでも青く、窓の下で寄せては返す波が白い砂浜を洗っている。 しかしそろそろ西日が射す時間帯となり、列車がカーブを切る毎に太陽の向きが変わる為、日射を避けてボックス内であちこち席の移動を余儀なくされた。

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長く続いた海岸風景も、秋田音頭に唄われる八森駅あたりまで。 その先で五能線は内陸部へと一段入り、樹々の間を疾走するようになる。 北能代、向能代、能代、と「能代」が連続し、最後に終点の東能代へと到着して走り続けた気動車は静かに停止した。 五能線を走破して満足だ、そんな思いを胸にしつつ心地良い疲労感と共に跨線橋を渡る。 しかし秋田方面はここで再び1時間ちょっとの乗継待ち、接続してすぐに発車する特急もあるが18きっぷでは乗る事が出来ないという塩梅だ。 仕方なく一旦改札を抜けて待合室へ入ると、五能線で見かけた顔の男性二人組がいる。 疲れ切ったその表情を見るに、私と同年代の18きっぷ旅のようだ。 ここには珍しくテーブル席があって、学校帰りの女子高生が一人ポツンとノートを広げ、一心に勉強している光景に感心させられた。

その後、この日は普通列車で秋田まで移動し、夕刻に汗だくで駅からかなり距離のある宿へと徒歩で辿り着いた。 翌日の帰路も18きっぷ旅が続く。 羽越本線、陸羽西線、陸羽東線を普通列車で繋ぎつつ、初秋の東北風景を愛でながら仙台へ。 そこから先はもう旅というより「帰る」という用向きに近い。 別途切符を購入して乗った「やまびこ」自由席が大混雑で、大宮までデッキに立ちん坊で乗りつくすという幕切れとなった。 津軽では今日も弘南の電車が、津鉄の気動車が、そして五能線のローカル列車が普段通りに動いている事だろう。 その何気ない日常を体験しに、次は冬の季節にでもまた出かけて行けたらと思う。 同じ切符の間違いはもうしない筈だ、たぶん。

おわり