走馬灯のように    


走馬灯のように、
繰り返し浮かんでは消えてゆく
幼年期の鉄道の思い出

そんな心象風景の
断片を幾つか


□1□

 開け放たれた窓に両手をついて、私は流れ行く外の景色を眺めていた。後ろへ後ろへと飛んで行く家や木々を、目で追えばそれははっきりと輪郭がつかめるのだが、敢えてそうせずに焦点をボンヤリとずらし、それらがいろいろな色の混ざった複雑な縞模様となって、目の前を流れて行くのを楽しんでいた。

 電車はおそらく常磐線、ブドー色のゲタ電車内だったに違いない。母は隣で寝ている。不意に風が大きく乱れ、被っていた私の帽子を浮かせる。「あっ」と思う間もなく、それは私と一緒に進行している電車から、外界の空気の中へと飛び出して行った。ヒラヒラと二三度反転して、草むらの影へと消える帽子。

 「おかあさ...」と呼びかけようとした声は、その直後に渡りだしたトラス橋の騒音にかき消され、しばらくは母の耳に届かなかった。やがて、ようやく起き出した母と私を乗せた電車は、下車駅へと近づき、徐々に減速を始めた。


□2□

 父母とお見舞いに訪れた病室の窓から、私は遠くの地平を見下ろしていた。ベッドでは祖父が静かに寝ており、室内は沈黙に包まれている。

 窓の外、少し離れた所には、線路が何本か並んでいるのが見えていた。私は期待を込めて、じっと一点を見つめている。しかしいつまで待っても、その淡い望みは適えられないかに思えた。

 あきらめかけて、そろそろ窓のそばから離れようとしたその時、手前から視界の中に光の列が飛び込んで来、猛烈なスピードで彼方へと突き進んで行った。

 最後には丸い大きなボンネット、白く光るヘッドマークの窓にはボンヤリと、「はつかり」というひらがなが読んで取れた。密閉された病室の窓の外を、その列車は音もなく地平線へと去って行き、最後に残った赤いテールランプの残照も、夜空へと吸い込まれる様に消えた。

 ふと気がつくと、満天の星空であった。。。 その数日後、祖父は亡くなった。


□3□

 あれはどこかへ買い物に行った帰りだったか。車内はかなり混雑していたが、母と私はかろうじて座席に腰掛けていた。電車が下車駅に近づき、立っている大人達の体の間から、見慣れたホームの風景が徐々にスピードを緩めつつあるのが見えた。

 「降りなければいけない...」と考えると同時に何故か「いやだ」という気持ちが急速に頭をもたげだした。「もっとこの電車に乗り続けたい」それは子供としては素直な気持ちだったのだろう。

 「下りるわよ。」母に手を引かれて立ち上がりはしたものの、次の一歩で私は両足を踏ん張った。おそらく母に宥めたり責めたりされたろうが、その辺の記憶は定かでない。おぼえているのはドアがゆっくりと閉まり、その瞬間から私はもうしわけないと思う罪悪感に襲われた事だ。

 二人は結局、次の駅まで持っていかれた。高架下の薄暗い改札口を出て、戻る切符を買っている母の顔を恐る恐る見上げる私。「しょうがないわねぇ」という様な事を言われたような気がするが、確かその顔には微笑みが見えていた。


fin



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