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社長:「夏休みの混雑はひどくてね、」
自分:「はぁ。」
社長:「単行じゃ間に合わないもんで、2両連結の電車が来たりもした。」
自分:「でも、あの短いホームでは収まりそうも無いですよね?」
社長:「お隣の敷地が少し高くなってるだろ?」
自分:「会館の裏庭ですか?」
社長:「2両目はあそこに板を渡して、庭を臨時のホームにしてたよ。」
自分:「なるほど。でもあそこの家は...。」
社長:「あぁ、あれも元々駅の施設さ。」

この路線がまだ活き活きと輝いて、人々に囲まれ、愛されていた時代の事を、彼は嬉々として語ってくれました。もちろん海水浴客だけでなく、地域の人たちの身近な足がわりとして生活に根ざしていた電車。気取らず、普段着のままで改札をくぐれば、やって来た電車の窓から覗く、顔見知りの車掌の笑顔。。。そんな光景を思い描きつつ、私は幸せにつつまれた箱庭のような小さな世界を夢想していたのです。

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「社長、お先です。」 応接室のドアを開けて挨拶する事務員。その肩越しに見える窓の外は、いつのまにか夜の帳が降りてすっかり暗くなっていました。


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自分:「あ!いけない。お仕事中にすっかりお邪魔してしまって。」
社長:「付きあわせて悪かったね。ほんとは写真を撮りに来たんだろ?」

胸ポケットに入っている小さなカメラ、しっかり見られていたようです。

社長:「でもどっちみち今日は列車の無い日だから、暇つぶしにはちょうど良かったんじゃないかな。」
自分:「また来ますんで、お話を聞かせて下さい。」

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駅まで車を出してくれるという彼の申し出を固辞して、通りに出ます。遠くにバスの姿が見えたので、玄関まで見送ってくれた社長にあわててお礼を述べ、道路を渡ってバス停の方へ走リ出す。

「でも何でそんなにお詳しいのですか?」 通りを挟んで呼びかける私に答えて、彼が唇を開きかけると...

次の瞬間、目の前にはバスのステップが割り込んで来て風景を遮断。急いで乗り込み、道路側の座席に腰掛けて外を見ると、社長は街灯の下でこちらに手を上げています。すると、バスの運転席にいた年配の運転士がやおら側窓を開けて、「駅長!お久し振り!」 と叫んだのです。

「やぁ!お疲れさん。」 と彼に軽く敬礼を返し、私に向けた視線でちょっと照れくさそうに片目をつぶって見せる社長...、 いや元駅長。 ブザーと共に扉が閉じられ、あっけにとられている私を座席の背もたれに沈め込み、バスは遠くに見える高架駅の明かりを目指してエンジンを吹かしました。



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<第二話:おわり>

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