■飯笹〜多古
椎ノ木集落の田んぼに差し掛かるあたりは線路跡が無くなっているが、その向こうへ渡りきると片側が築堤状となった細い道路が再び続いている(写真16.)。静かな空気の中、自転車を走らせているとどこからか「コーン、コーン」という音が響いて来た。何だろうと思いつつ進んで行くと、空地で初老の男性が薪割りの真っ最中なのだった。やがて道は、農家が何軒か寄り添うように建つ一角を抜ける。飯笹駅があったのはこのあたりだが、周囲の風景で駅前の風情を醸し出す物は何も見あたらない(写真17.)。右手の田んぼの向こう、山なみの上空すれすれには先程からしきりと航空機の姿が。成田空港へと着陸態勢に入った飛行機が、数分おきに降下して行くのだ。 細道はさらに緩く下って行くが、途中から未舗装の農道状態となり、周囲の森と共にだんだんと草薮が深くなる(写真18.)。しばらく下って行くと、右手下には緩いカーブをまわって来た新線跡のバス道が徐々に近付く(写真19.)。このあたりまで来ると旧線跡の道はさらにその幅を細め、さながら田んぼの端っこの畦道のようだ(写真20.)。陰になり日なたになりを繰り返す枯れ草の道を、まわりの景色を味わいつつソロリソロリと自転車を走らせて下ってゆく。そんな珠玉の時間も、下り着いた新線との合流点、さらにはその新線跡の道路すら左手後方から丘を降りて来た県道に吸収され、現実世界へと引き戻される(写真21.)。 染井駅跡はバス停となり、その先の十字路は少し丘状に脹らんでいる(写真22.)。この交差点を左折してちょっとした峠を越えればすぐに多古の街中へと降りて行くのだが、鉄道は几帳面にもここを直進して山裾を南から回り込み、厳かに終着駅へと向かっていた。信号の先にちょうどコンビニがあったので、ここらでお昼の買出しをば。お握りをレジに持って行ったら「暖めますか?」と訊かれてビックリした。慌てて「いぇ、そのままで...」と答えたが、暖めてもらったら美味しかったのかと少々後悔もした。このやり取りは初めての経験だったが、地域、あるいは系列店によっても違うのかも知れない。そのコンビニの裏手を、旧線は回り込んで走っていたようだ。 その先の廃線跡は俄かに、大型車の闊歩する殺気立った国道296号へと変身する。ここからは大人しく歩道を行かせてもらおう。幸いしばらくは整備された広い歩道が続いており、車道との間もしっかりとガードされているので、安心してタラタラ走れる。やがて目の前には広大な田園地帯が広がって来るが、その手前で左手の丘に沿って曲がって行けば、間もなく多古町役場の裏手に至る。このあたりが初代の多古駅跡だが、当然ながら何も痕跡らしきものは残っていないようだ(写真23.)。 なかなか洒落た町役場の建物を拝んだ後(写真24.)、街の東側へと出て田んぼを渡って行く。すると、彼方に何だか奇抜な天幕が空に向かって羽を広げている(写真25.)。そばへ行ってみるとこれが町営の公園で、川の辺の広大な敷地に、野外ステージが誂えてあるのだ。せっかくなのでこの公園の芝生に陣取り、少し遅めのお昼にする事にした(写真26.)。すぐ脇には真新しい「道の駅多古」がオープンしており、多くの車でかつての多古駅以上と思われる賑わいを見せていた(写真27.)。 |