~ 3日目 ~

別所温泉~小諸

翌朝はゆっくりと7時に起きて、朝食は食堂で7時半から。 畳敷きの広間だが、その上に各部屋毎のテーブルと椅子がセットされていて少々不思議な空間だ。 でもその献立はとても素晴らしい。 中でも地の野菜を卓上のコンロで暖かく蒸したものが、目覚めたばかりのお腹にやさしくて美味だった。 それ以外はいわゆる旅館の朝食定番メニューが揃っているわけだが、それぞれ一品のグレードが非常に高い、気がした。 傍らの食卓では昨日の電車で見かけた外人の家族連れが食事をしている。 ホァンとした仏語の語尾が静かな食堂で時々微かに響いて来る。 食後のお茶もいただき、さて、そうそうゆっくりもしていられない。 支度をして8時には宿を出ないと電車に間に合わなくなる。

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「もうおたちですか?」荷物を背負ってフロントへ向かうと、ロビーで売店の準備をしていた宿の人が声をかけてくれた。 チェックアウトのあと「よろしければ駅までお車を出しますが」の言葉に感謝しつつ辞退して玄関を出ると、「いってらっしゃいませ」たった一人の旅人を宿の前でどこまでも見送ってくれる。 ドライなビジネスホテルも気軽で良いが、たまにはこういう贅沢気分もいいものだなと感じてしまう単純さ。

坂を下って着いた朝の別所温泉駅は待ち客3名ほど。電車の車中から塩田平に別れを告げて上田駅へ。 しなの鉄道へは8分と乗り継ぎが良かったが、次に乗り換える小海線は小諸駅で36分の待ち合わせ。 例によって駅前をブラブラしてみたが、日陰には凍った雪が目立ち、浅間降ろしの風が冷たい。 まだ開いていないが懐古園の入口でも覗いてみようかと、そちらへ渡るデッキのエスカレーターを上がって行ったら、線路彼方の駅構内に小海線の気動車が入構しているのがかすかに見えた。 何だ、もう車内へ入れるのか。

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キハE200形(小諸駅)

小海線

駅へとって返し、改札で18きっぷに日付を入れてもらう。 押してもらったスタンプからすると、駅業務はしなの鉄道が受け持っているようだ。 跨線橋を渡り一番端っこの小海線ホームへと降りてゆくと、待っていたのはハイブリッド気動車キハE200形の2両編成。 早々に宿を出たのは実はこれに乗るためなのである。 このキハE200は小海線内を日に何往復かしているが、小諸から小淵沢までの全区間を走り通すスジはこの一本しかないのだ。

ホームからひととおり写真を撮った後、ドア釦を押して車内に入る。 営業開始が2007年からの車両なので、室内はまだ比較的新しくスッキリして奇麗だ。 過去に小海線は何度も使っているが、これまでまだこの車両には乗る機会が無かった。 4人掛けボックス席の一つにドッコイショと陣取り、窓には自販機で買った朝のコーヒー缶を置いて準備完了。 気動車だが常時のアイドリングが無いので、発車待ちのひとときも車内は極めて静粛である。

出発までだいぶ待たされたがようやく時間が来て走り出す。 スタート直後はスルスルと至って静か、モーターで走っているのだから電車と同じだ。 次に、一拍遅れてエンジンの振動が床下から微かに響いて来る。 そこがハイブリッドたる所以で、最初は蓄電池で走り始め、次に大きな加速の段になるとエンジンで発電機を回してモーターへ電気を送るという機構だ。 逆に減速する際には回生ブレーキの仕組みを利用し、モーターを発電機にして運動エネルギーを電気に変換し、蓄電池へ送って充電するという省エネぶりなのだ。

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線路の方は発車して2駅程過ぎるまで元信越本線のしなの鉄道と並走するが、この間にあるのは小海線だけの駅である。 その先で列車は南へ向きを変えてしなの鉄道と別れ、八ヶ岳方面の山並みを遠望しながらスピードを上げる。 しばらく走ると唐突に高架線へと登るが、ここが新幹線と連絡する佐久平駅で、後から出来た新幹線の方が2面2線の地上ホームになっている。 一方の、高架上にたてまつられた小海線はホーム1面の棒線駅で、見晴らしの良い所で寂しさがひときわ目立つ格好だ。

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佐久海ノ口付近

佐久平を発車して地上へ降りた後は千曲川東部流域に広がる平野部を延々走り、中込、小海などの主要駅を過ぎて段々谷の狭まった山岳区間へと入って行く。 気が付くと、先ほどから駅ごとに停車時間が少しあるたびに車外に出て写真を撮っている人がいる。 時々は跨線橋を渡って向こうのホームまで行ってこちらの列車を狙ったりするので、乗り遅れやしないかと見ている方がヒヤヒヤしてしまう。 乗降客もない松原湖を発車すると上り勾配も本格化するようで、床下のエンジンが唸りを上げる回数が多くなる。 それは窓枠に置いた缶コーヒーが振動で徐々に車内側に移動し、ずれ落ちそうになるという現象で分かるのだ。 時々気が付いて戻すのだが、缶の中身をまだ飲み残しているので油断ならない。 落ちたらズボンが大惨事になる。

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山中のとある小駅では長いスカートをヒラヒラさせた都会的な女性客が一人、大きな荷物と共に誰もいないホームへ降り立った。 彼女はザクザクと砂利を踏んでホームのはじまで歩いて行き、柵の間から外の畑へ。 そこには軽バンが迎えに来ていたが、そういえば今は年末の帰省シーズンなのか。 数多くなったトンネルと橋梁が一段落し、沿線では少し賑やかな信濃川上の集落へと辿り着くと、ここからが最後の登り坂。 もう目の前に迫った八ヶ岳を車窓の左右に振り払うようにカーブを繰り返し、2両編成のキハE200は野辺山目指して勾配を力いっぱい登って行く。 この付近は過去にツーリングに訪れ、自転車で線路に沿って野辺山側から下った経験も何度かある。 結構な標高差だから、ここでハイブリッド車を試験したのも頷ける。

ひとしきり登り切ると野辺山高原の上に出て、窓の右前方に落ち着いた八ヶ岳を眺めながらキャベツ畑の中を軽快に飛ばして行く。 JRの中で最も標高の高い野辺山駅を出て、最高標高地点の踏切を一瞬で通過するとサミットを越え、そこからはようやく小淵沢へ向かっての下り勾配となる。 次は清里駅、夏には避暑客で賑わうこの駅も、今日は地元客と思しき人がただ一人乗車。 登坂から開放されたキハE200は、別荘の点在する林の中を回生ブレーキを効かせながら、小淵沢駅へと向かって落ちるように下り続けた。

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八ヶ岳

小淵沢では接続良く5分の待ち合わせで高尾行き上り電車が発車する。 跨線橋を渡って中央本線の発車番線へ降りた所で、ホームの弁当屋が出張して来て呼び込みをやっているのに出くわした。 時間は12時を回り、待っている115系は長編成で始発だから車内はガラガラ、余裕で座れる。 そこへ小海線から多数の乗り換え客が空腹のままやって来るという寸法だ。 なかなかうまい事やるわいと思ったが、ここはしてやられてお腹の要求に素直に従い、弁当とお茶の入った袋をぶら下げて車中の人となった。

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沿線略図
駅名時刻列車番号
別所温泉 082512(上電別所線上り)
上田 0854
09022628M(しな鉄下り)
小諸 0922
0958228D(小海線上り)
小淵沢 1224
1229550M(中央本線上り)
高尾 1448

今回はリフレッシュ休暇の一部をあてての2泊3日旅であったが、未乗だった松本電鉄、及び廃止を控えた長野電鉄屋代線に乗る機会が出来たのは幸運だった。 また別所温泉では思いがけず旅館でゆっくりとくつろげたし、久し振りに別所線の電車にも乗れた。 帰りは小海線でハイブリッドな気動車も経験するという欲張りなコースとなったが、全体に天候にも概ね恵まれ贅沢な車窓を堪能する事が出来たのは幸いだった。

小淵沢駅を発車してすぐに弁当は胃袋の中に収まった。 列車は左右に体を傾けながら甲府盆地へと向けて快調に下って行く。 お腹も一杯になり、後は座っていれば電車が終点まで連れて行ってくれる安心感からか、「カタンカタン」という車輪の音が徐々に耳の奥で意識から遠のいてゆくのを私はただ心地良く感じていた。

~ おわり ~
参考リンク