天竜峡~上諏訪
この電車はここ天竜峡駅が終点なので、構内踏切を渡って隣の番線へ移動し、他の乗客達と一緒に飯田方面からの折り返し列車を待つ。 実は当初、時刻表検索で調べた時にだいぶ迷ったのだ。 ここで乗り継ぐ次の電車はすぐ先の飯田止まり。 しかも飯田駅ではその次の岡谷行き列車まで2時間近くも待たなければならない。 そしてその待つべき岡谷行きはここ天竜峡駅が始発なのだ。 ならばここで一本見送って、最初からそちらに乗った方が得策かも知れない。 要はこの駅で2時間を過ごすか、飯田の街中で同じ時間を潰すかの選択を迫られたという事になる。
ここ天竜峡駅は天竜峡観光の基地でもある。 調べてみると、最近出来た足湯もあるし公営の温泉もあるようなので、ここで降りて風呂にでも浸かってみようかと考えた。 でも案内を良く見てみると、残念ながらどちらも11月末で今シーズンの営業は終わっていたのだ。 無理もない、観光の目玉である天竜ライン下りが12月から1日2便だけの間引き運用に入ってしまうので、それと共に客足が鈍るのは目に見えているのだから。
じゃあこの際、撮り鉄に変身してアルプスを背景にした電車でも写そうか?とも思った。 しかし、天竜峡駅から北の2区間は平成になってから付替えられた場所で、線路も地形も新しく、まだ景色としてはあまり落ち着いていないようだ。 撮るべき電車も、上りの普通と特急伊那路が団子になってやって来るだけなので、それ以外の時間を持て余してしまうだろう。 その付け替えられた場所の中に総合学習館という展示施設があり、それを見学する事も考えたが、ここもどうも私にはピンと来ない。
ならば、やっぱり飯田まで行ってしまった方がいい。 とりあえず街中なら時間を潰す場所はいくらでもあるだろうし、駅前のスーパーでは何だか飯田線名物のお土産も扱っているようだ。 駅撮りで電車の写真も撮れない事はないし、飯田の街中を散歩するのも悪くない。 本来ならこの手前の飯田線珠玉区間のどこか無人駅にでも降りてみたかったのだが、ダイヤ的に始発で天竜峡まで来てしまわないと、18きっぷ旅で今日中に家に辿りつくには後半が非常に苦しくなってしまうという事情もあった。 今回は電車に乗るのを目的にしてるわけだし、その辺は残念だが見送らざるを得なかったのである。 という、はたから見ればどうでもいいような葛藤の末、とりあえずは8分後に発車する区間電車で飯田まで乗り継ぐ事に決めた。
天竜峡から乗った電車は川路から時又にかけての付け替えルートを滑らかに走り、途中の駅々で街へ出る人達を乗せて飯田へと向かう。 車両は駅ごとに段々と混んで来て、ちょっとした通勤電車状態になっている。 伊那八幡を発車すると線路は左へ直角に曲がり河岸段丘を登り出す。 次の下山村は「下山ダッシュ」で知られる駅、ご存じない方は検索してみると面白い。 一頻り登り終えると電車は再び右直角に曲がって向きを戻し、天竜川に注ぎ込む支流を渡って飯田駅へと進入する。
ここで意外なアナウンスが耳に飛び込んで来た。 次の飯田始発の電車が2分の乗り継ぎで上諏訪へ行くというのである。 これは予想外だった。 しかしおかしいな、ルート検索でこんな列車は出て来なかったぞ。 何だかキツネにつままれたような気分だが、停車してドアが開くと確かに同じホーム向かい側にその電車が待っている。 私は他の乗客達が走り出すのに流されて、どうするか判断がつかないままそちらのドアの中に吸い込まれていた。
ひとまず席に着いたもののまだ状況が良く分からない。 車内アナウンスで「この電車は上諏訪行きです。まもなく発車します。」と流れて来たので、とりあえず行き先は間違いない。 きっと臨時列車か何かなんだろう、あるいはルート検索のデータに漏れがあったのか。 その辺は釈然としないが帰ってから調べる事にして、とりあえずこの列車で先へ進もう。 心のすみで飯田の街を散策してみたい気持ちも多少あったが、それを打ち消すかのように、すぐにドアが閉まり電車は発車した。
飯田から伊那市にかけての区間は、天竜川が削った河岸段丘の上をほぼ等高線に沿って進んで行く。 高低差があるので川面まで見える場所は少ない。 そして、所々でアルプスの水を集めて天竜川へ流れ込む支流が作った谷を渡るが、鉄橋の規模を小さくするためだろうか、そのたびに谷を遡るように大きく左手へ回り込む。 そして支流を渡ってからオメガカーブを描いて又もとのルートへ戻るのだ。 その繰り返しもあって、線路はかなりグニャグニャだ。 谷の向こうにこれから行く線路、通過して来た線路を見ながら進む事もしばしばで、なかなか面白い。 そう言えば、先ほどの飯田駅前後もそんな線形だった。
この間での乗降は駒ヶ根と伊那市の買物客などに集中しているようで、そこを過ぎると車内は一旦ガランとする。 午後になり雲が多くなって来て、車窓左手の中央アルプス方面の展望が得られないのは残念だ。 対向列車遅延の関係でこの電車も5分程遅れが生じていたが、伊那市を過ぎて車内も落ち着いた頃、飯田からずっと一緒に乗っていた男女二人連れに目が行った。 彼らは私の一つ前のボックスに腰掛けていたのだが、交代に席を立って車窓から見える山岳風景をカメラに収めたりしていたので、観光客という事はわかっていた。 それが、時刻表を持ち出して接続列車談義が始まった頃から、二人とも「鉄」なのではないかという疑念が生じた。
聞こえて来た会話の断片からすると、二人は当初この列車の終点「上諏訪」まで行って折り返し塩尻方面へ乗り継ぐ予定だったようだが、遅延のためそれを諦めて途中下車しようという相談をしているのだ。 単純に言えば中央本線の新線と合流する岡谷が安全なところであるが、どうもその先の未乗区間に未練があるらしく、行けるとこまで行きたいというのが本音のようだ。 それについては、女性の方も自分の時刻表を取り出してしきりに意見をしていたので、単なるカップルではないな、という思いを強くしたのである。 最近は女子鉄も増えて来てなかなか喜ばしい事ではないか。
ずっと伊那の広い谷を走って来た列車だが、段々と両側の山も迫り、行く手が二つの谷に分かれた所で飯田線としての終点「辰野」へ到着。 中央本線は岡谷から塩尻に抜けるトンネルのバイパスが完成してから、こちらの旧ルートは優等列車の通らないローカルな運用になってしまった。 しかしさすがに昔取った杵柄で、辰野の駅構内は本線格で立派に見える。 ここまで飯田線の私鉄的な駅に細々と停まって来たので、さらにその差が際立って感じられるのだ。
しばらく停車した後、電車はこれまでと打って変わってジョイント音の間隔も詰まり、息を吹き返したように高速で走り出した。 担当もJR東の車掌に代わったようなので、運転士も交代した筈だ。 線路は単線だが線形も良く、駅間も長いので一気に距離が稼げる。 途中駅「川岸」の長いホームに列車は一度身を横たえた後しばし快走し、塩尻方面からトンネルを抜けて来た短絡ルートの立派な高架に両側から迎えられ、岡谷の駅構内へと到着した。 岡谷を出ると次は下諏訪に停車。 「ここが限度だね」時刻表と時計を見比べていた二人連れの男女は、相談がまとまったのかこの駅で下車して行った。
進行右側に諏訪湖の湖面が寄り添って来ると、終着の上諏訪駅はもうすぐだ。 飯田で乗り継ぎが良かったおかげで、予定より2時間も早く着いてしまった。 ここで遅い昼食と、ついでに湖畔にある片倉シルクゆかりの片倉館あたりで温泉にでも浸かって来るとするかな…。
後日談
飯田で2分乗り継ぎの電車が検索結果に出て来なかった理由は簡単な事だった。 私が使用したルート検索システムの乗り換え時間が、標準で3分に設定されていたのだ。 これを「せっかち」モードにしないと、2分乗り継ぎの場合は間に合わないと判断されてしまう。 たとえ運行上接続列車となっていても、同じホームの向かい側でドアを開けた電車が待っていても、検索システムはそこまで判断していないので使用する際は注意を要するという事を学習した。 やはりその辺が見通せる紙の時刻表を買わないと、私の場合はダメかも知れない。