~ 二俣線の忘れ形見 ~

Photo 西鹿島駅 天浜線ホーム

そろそろ新所原行きの着く時間となり、再び地下道を潜って一番端っこの天浜線ホームへと移動する。 こちらは何となくうらぶれた感じで、それはきっと国鉄二俣線当時から受け継がれたものだろう。 この雰囲気、どこかで味わった事があると思ったら、東武とJR八高線の同居する小川町駅にそっくりなのだった。 列車の到着まで数分だが遠鉄線と違い、ホームで待っているのは私以外にベンチの老婦人が一人だけ。 それでも、踏切がカンカンと鳴り出し、カタンコトンとレールの音を響かせながら緩いカーブをまわって単行の気動車が入線すると、地下道を駆け上がって来た客が数人いた。

Photo 新所原行き列車(TH2100型)

西鹿島を出た単行のディーゼルカーは新所原へ向け、午後の日差しを浴びながら淡々と走り続ける。 最初の駅、岩水寺はその名の通り岩水寺への参拝口となる駅だ。 浜北で安産祈願の寺として定評のある龍宮山岩水寺、何でもここの閉鎖された鍾乳洞は諏訪湖まで続いているとか、竜宮城へ行けるとかいう謂れもあるそうだ。 その先沿線には「フルーツパーク」や「浜松大学前」といった今風の名の駅もあるが、私が乗った日はどこも基本的に乗降客は少なかった。

このあたりは浜名湖も見えないので、風景もどちらかというと平凡だ。 退屈なので運転席の脇から前方を眺めていると、線路がどこまでもまっすぐに延びているのが見通せる。 これは紛れもなく国鉄の線路だ。 二俣線から引き継いだ第3セクターだから、当然と言えば当然なのだが。 それはいいが、先ほどから前方の線路上に何か大きな光の塊が見える。 あれはいったい何だろう。 地上に降りたUFO?なわけはない。 駅で待つ対向列車のヘッドライトだろうか。 でも何だかこちらへ向かって来てるような気がするな。 駅じゃなかったらヤバイが、まさか、そんなわけは無いよね…。

Photo 謎の光る物体

結局近づいて行くとそれはUFOでも対向列車でもなく、単なる沿線の民家の屋根だった。 お日様の方を向いたトタン屋根が反射して光を発していたのだ。 列車の真正面に見えたが、線路はその直前でカーブしていた。 何だ、心配して損した… と思ったが、その間運転士は特段あわてる事もなく平然と運転していたのだ。 この季節、この天気、この時間帯の列車に乗務すると、これはいつもの自然現象なのかも知れない。 そのカーブを過ぎて陸橋を潜ると、スピードが落ちて宮口駅へ到着。 ここも構内の敷地に余裕があり、国鉄の空気を感じる枯れた雰囲気の駅だ。 後日知った事だが私が訪問したまさにこの日、天浜線の31の施設は国の登録有形文化財に指定されたそうで、この宮口駅もその中に含まれている。

Photo トロッコ牽引用だった気動車(TH3000型)
Photo シャッター間に合わず!(奥山線交差跡の遺構)

発車すると今度はトンネルに入り、それは意外にもちょっとした長さで続いた。 あとで地図で見たらそのトンネルの上を小川が流れているので、ひょっとして天井川というやつか?と思ったが、どうも人工の水路のようだ。 ここより先、線路は浜名湖北岸に広がる平野とその後背の丘陵地との境界あたりを貫いている。 いきおい、トンネルを抜けたり、若干の勾配を駆け上がって低い尾根を越えたりするので、風景の良いアクセントになっている。

途中「金指」で列車交換があったが、すれ違ったのはクリームとマルーンのレトロっぽい塗装の気動車。 これは元トロッコ客車の牽引をしていた関係で、そのトロッコの色に合わせてこの塗装なのだとか。 当のトロッコ列車の方は残念ながら2007年に台枠の亀裂が見付かり、修理にも莫大な費用がかかるという事で廃止されてしまった。

金指駅では約9分の停車。 ここは元々浜松軽便鉄道の駅として開設されたもので、その後この鉄道は遠鉄奥山線となった。 国鉄二俣線の方は後から来た新参者だが、わざわざ奥山線の方を持ち上げる工事をさせて立体交差にしたそうだ。 東海道本線の戦時バイパス路線として、大突貫で建設された二俣線ならではのエピソードだろう。 奥山線は1964年に廃止されたが、その交差部の遺構が今に残っているという。

発車するとすぐにその奥山線の橋梁跡が現れたが、油断していていきなりだったので、見事!撮影に失敗した。 まぁ、車内から楽して撮ろうとするほうが悪いのだが。 西気賀でようやく浜名湖の湖岸へ出るが、ここらは湖の奥まった場所で湖面は入り江のように静かだ。 寸座を過ぎ半島の根元を潜るトンネルを抜けると、左手から湖上を渡って来た東名高速の高架が近づき、浜名湖佐久米駅のホームが前方に見えて来る。

と、ホームの先端の方に何やらたくさんの鳥が群れ飛んでいる。 や、これは列車が近づいたらぶつかりそうで危ないな… 等と思っているうち、運転士さんが車内放送で「ただいまこの列車の到着に合わせて、ユリカモメの餌付けを行なっております」との案内を。 これは知らなかったので、少なからず驚いた。 観光の一助としてなかなか粋なはからいだ。 聞けば、餌付けをしている「かもめの駅長」さんは駅員でなく、駅喫茶店のマスターだそうだ。 一分の停車だがホームに下りて見物する客も多く、みんな和気あいあいで楽しんでいた。

Photo 浜名湖佐久米駅のユリカモメ(車内から)

しかしここは天浜線の中で一番浜名湖に近い駅ではないだろうか。 何せホーム反対側の線路下がすぐ湖の水面になっている。 惜しむらくは、目の前の湖面に東名高速の高架橋が陣取っていて、浜名湖の眺望を遮っている事。 これさえなければ、ひがな一日、ホームのベンチでボーっと浜名湖を眺めていてもいいと思える位の好ロケーションである。

みかんや交通情報でお馴染みの三ケ日を過ぎ、知波田あたりまでは引き続き湖岸に沿って走る。 半島の根元をトンネルで抜けたりまた湖畔へ出て来たりを繰り返した後、列車は浜名湖に別れを告げ、最後の2駅程は新所原を目指して内陸部へ向かう。 やがて左手から東海道本線の立派な線路が近付いて来ると、終着の新所原に到着だ。 走り続けた天竜浜名湖鉄道の気動車は、JRの駅構内、一番本屋側のホームの一角に遠慮がちに停車した。

Photo 新所原に到着

改札を抜けると目の前は駅前広場、すぐ左手を見ればJRの待合室が待っている。 新所原での乗り継ぎは良く、6分程で岐阜行きが長い本線ホームに到着する。 15時を少しまわったところだが、冬の日はもうだいぶ傾いて来た。 渥美線の乗車は夕暮れと競争になりそうだ。 豊橋まではここからあと2駅、東海道線よ、急げ。

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