北海道・摩周・晩夏 | |
第六日目 |
最終日も再び雨に転じ、この旅はほんとに天気から見放されている。札幌から最後の道内特急スーパー北斗の乗客となるが、車内は満席で少々窮屈である。これは、台風通過で足止めを食っていた人々が、一斉に動き出したに違いない...。 しかし昨夜は酷い目にあってしまった。その原因が、私の好きな札幌市電と地下鉄にあるというのがまた悔しいではないか。夕方札幌に着いてホテルへと向かったのだが、地下鉄の大通駅から地下街を歩いて行き、適当な所で地上へ出たらちょうど目の前の交差点の奥に市電が止まっていた。ホテルの場所は、市電の始発している通りから 3ブロック南という地図が頭の中に入っていたので、それを頼りに通りを歩いていった。
それが全然見当たらないのである。それどころか、あたりは何となくビジネスホテルという雰囲気でなく、遊興ムードの男女がそぞろ歩いている。これは数え間違えたかと改めて市電の通りまで戻り、そこで地図を取り出して確かめる。やはり 3ブロック目だ。今度は一つ西側の裏通りから歩いて行くが、やはり見当たらない。そのうち、リュックと紙袋を下げた限りなく目立つ格好で何度も同じ場所を歩いてるものだから、客引きから「御兄さん、どこ探してんの?いいとこあるよ」なんて声がかかる。そんな事してるうちに、札幌で列車を降りてからもう 1時間近く経ってしまった。
しょうがなくて近くのコンビニに飛び込み、少々の買い物の後、地図を見せて教えを請うた。「ずっと上ですよ」その店員は事も無げに教えてくれた。この場合の"上"は北を意味するが、地図では市電から南の位置にある事になっているから、どうも納得がいかない。生返事で店を出つつ良く考えて「あっ」と気がついた。そう、札幌市電が始発している停留所は二つある。地図に出ていたのは「西4丁目」の停留所だが、私が基準にしてさ迷っていたのはもう一つの始発点(終着点というべきか)である「すすきの」だったのだ。最初に地下街を通って知らず知らずに素通りしてしまった為、地上に出てすぐ目の前にあった「すすきの」を「西4」と錯覚してしまったのだ。
あわてて戻ればあっけなくホテルは見つかり、一件落着という事になった。自分では札幌は過去何度も訪れており、ここで迷うなんて思わなかったが、やはり20年のブランクは大きい。というより、最初から何条何丁目で探せば碁盤目になっている札幌の事、見つからないわけは無いのであるが...。 そんな事を思い返して苦笑いしているうちに、列車は苫小牧を出て海岸線を行く様になる。雨はますます本格的に降り出し、遠景の山には霧が、海には白波までたっている。わざわざ往復共に飛行機でなく列車を選択した理由は、もちろん飛行機があまり好きでない事も大きいが、函館〜札幌間の車窓を存分に楽しみたいという思いが強かったからだ。結局それもかなわずに、今回の旅は終わる。
函館からは北海道最後の列車、快速「海峡」号で青函トンネルへと向かう。客車全体がドラえもんのキャラクターであしらわれているのはいいが、機関車のペイントはちょっと情けなくて可愛そうな気がする。でも遠くでかすかに汽笛が鳴り、一呼吸の静けさの後にガタンと発車するこの感覚は、旧客ではないにしろやはり列車そのもので何となく嬉しい。五稜郭を過ぎ、ひとしきり走って湾を隔てた函館の対岸に出た。海の上に浮かぶ市街の背後には函館山が、その上空を覆い尽くした雲海と海の間を黒い太い幹となって繋ぎとめている。
ほんとうに散々の旅だったが、これは一生涯忘れ得ない思い出となるだろう。結果としては大失敗だが、旅には本来、成功も失敗も無い。その時に経験した事、会った人、天候,風景,食物...、感激,怒り,哀しみ... そして感謝、それら全てが人生となって吸収されてゆく、それが旅そのものだと言えるのかも知れない。段々とスピードを上げた列車は、短い汽笛と共に青函トンネルの暗闇へと突っ込んだ。真っ暗になった窓の外で、さっきまで見えていた北海道の緑の景色が、残像となって徐々に目の前から消えていった。 (おわり)
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