広島駅電停に着いたのは 13:39でお昼を大分まわってしまった。 例によって昼食はあまり考えてないので、とりあえずコンビニで携行用のお握りを確保して乗車を続ける。 ここから出る列車でまだ乗っていないのは、市内線から宮島線へ直通する広電の代表路線とも言える 2号線だ。 乗り場に向かうとそこに待っていたのは 3950形、愛称として「ぐりーんらいなー」と呼ばれる形式の一つで、宮島線直通用途で作られた 3車体連接の車両だ。 広電の形式は良く分からないが、一部例外を除き 3連接車が 3000番台、5連接車は 5000番台を使用しているようである。
乗り込んだ宮島行きは広島駅 14:00ジャストの発で、途中の西広島から軌道線に入り、終点の広電宮島口には 15:10に着く。 路面電車に 1時間以上も乗るというのはかつてない経験だが、それはそれで乗り甲斐がありそうで楽しみではある。 車内はほどほどに混雑しており、発車時は座れなかったが繁華街の電停で降りる人も多く、目の前の席が空いたのでそこへ腰掛けた。 座ってしまうと今朝から乗り歩いた疲れが出て来て、周囲の景色も市内線は一度通っているだけに新鮮味が無い。 座席でついウトウトと舟を漕いでいるうち、しばらく停車後に走り出したスピードが明らかに今までと違う俊足だと気づく。 いつの間にか電車は西広島を発車し、鉄軌分界点を過ぎて宮島線に入ったのだ。
宮島線は都市間連絡のインターアーバンで、電車はかなりの速度で飛ばして行く。 車両が超低床タイプで風景の視点が低い分、さらにスピード感が増すのかも知れない。 ロングシートで後ろの景色を首を傾げながら眺めていると、隣に並んで座った女子中学生の会話が耳に入って来た。 「荘園で年貢の徴収等を行った人の役職は?」「えぇっと… じとー!」 「朝廷監視の為に京都に置かれたのは何?」「ろくはらたんだい」 どうやら試験に備えて歴史の練習問題を出し合っているようだ。 ろくはらたんだいは漢字でどう書いたっけな?等と懐かしく考えているうち、電車は海岸線に出て窓の外に瀬戸内海の景色が広がった。 キラキラ光る波間の彼方に大小の島々が浮かんでいる。
定刻通りに広電宮島口に到着し、電車を降りる。 宮島線のこの駅は鉄道線らしく改札口での集札で、さすがにここまで来ると慣れて来てトラブルは無かった。 駅本屋を出て道路を渡ると目の前にはもう宮島へ行く船の乗り場がある。 ここは2社の渡船が張り合うように軒を連ねていて、片方が広電系列の宮島松大汽船、もう一方がJR西日本宮島フェリーである。 どちらの船にも乗るつもりはないが、わざわざここまで来たからにはとりあえず岸壁まで行って海でも見てみよう。 桟橋にはちょうど宮島からの船が着いたところ、車や多くの観光客がゾロゾロと下船して来て乗船場はひと時大賑わいとなった。
帰路は気分転換と少々の時間短縮の意味も兼ねて、JR線の方へ浮気しようと思う。 山陽本線の宮島口駅は広電よりも内陸側に立地し、港からは少し離れている。 旅館やお土産屋さん等が並ぶ駅前通りをそぞろ歩き、国道2号線の下を地下道で潜って駅前に出た。 広島都市圏は主要区間内相互なら SUICAが使えるので便利、いつものように定期入れをタッチしてそのままホームへ入れる。 乗った車両は中央本線でも乗りなれた 115系だが、ここ広島地区では黄色の一色塗りなので、いつもとはかなり印象が違う。
JR車内には球場へ向かう野球ファンらしきグループの人達が乗っていた。 もちろん彼らの服装はカープ仕様である。 それを見て、やっぱり着替えておいて良かった、と思った …というのは今朝ホテルを出る時の自分の服装、これが鮮やかなオレンジ一色のTシャツだったのだ。 それで大阪の駅前を歩いていたら、何だかチクチクと視線が痛い。 あ!ジャイアンツカラー…!! と自分で気づいてしまったらもう居たたまれない。 気にし過ぎで自意識過剰かも知れないが、途中でトイレに飛び込んで着替え、ようやく落ち着いたという顛末である。
行きは広電で 70分、帰りはJRで 30分ほどで三たび広島駅に戻って来た。 さて最後に残ったのは 白島(はくしま)線なので、始発する八丁堀電停まで移動しなければならない。 おあつらえ向きに、目の前には宮島口行きの 5000形グリーンムーバーが扉を開けて待っていたので、迷わずこれに飛び乗った。 しかしその乗り心地を充分味わう余裕もなく、電車はすぐに乗り換えの八丁堀に到着。 今度はヘマしないようにと、間違えようのない前側の出口から降りる。 一日乗車券を入れようとすると私の手元を見ていた運転士さんが一言、「向きが逆ですね」。 差込口は合っていたが、カードの方を逆向きに差そうとしていたのだ。
八丁堀交差点の横断歩道を渡り、白島線の乗り場へ急ぐ。 既に電車がホームに入って人々が乗り込み始めていたので、私もその後に続いたのが間違いだった。 席に着いたとたん「この電車は江波行きです。お乗り間違いの無いようご注意下さい」 「え!?白島行きじゃないの?? 乗り間違えたぁ!」 心の中で叫ぶも、こうなるともうバツが悪くて動けない。 白島線は全て線内折り返しかと思っていたが、他線に直通する列車があるとは油断していた。
まあいいや、大して時間がかかるわけでもないし、もう一回江波まで往復して来よう。 あわてて乗ったので形式を見ていなかったが、車内で確認すると 3連接の 1000形、これは去年登場したばかりの最新鋭車ではないか! ところが行き着いた江波電停で、珍しく折り返しの電車がなかなかやって来ない。 再び夕立が降り始め、ゲリラ豪雨のようになってホームの屋根をたたく。 電停には他に客もなく何だかみじめな気持ちになり出した頃、ようやく車庫から出て来た800形。 この電車に乗り、路面の濡れた広島市内を再び八丁堀へと馳せ参じる。
黄昏の八丁堀電停から今度は間違いなく白島行きに乗車、形式は 1900形で今度の愛称は「平安」である。 白島までの間に停留場は僅かに 3つ、途中で買い物帰りの客を降ろしつつ、白島通りを北上してあっけなく終点に着いた。 ここは特にこれといった繁華街でも無いし、JR駅とも接続していない。 創業時からの路線らしいが、とても中途半端に終わっているのが不思議に感じる。 交差点の向こうにはJRのガードが見えているが、あの下を潜って先へ延伸なんていう構想もあるのかも知れない。 帰りの電車は 900形がやって来た。 これは元大阪市電の車両で、Hゴム窓の特長的な前面は一目でそれと分かる。 大阪時代に乗った経験は無いが、何となく「なにわ情緒」のようなものを感じるデザインである。 しばし懐かしい吊り掛けモーターの響きを床下から感じながら八丁堀まで戻った。
最後に乗り換えた本線は本日 2回目のコンビーノ5000形、でも宿の最寄となる銀山町(かなやまちょう)までは僅か二駅で今度も乗り心地を味わう間がなく下車となる。 これで本日の一日乗車券はお役御免である。 宿へ向う途中に歩道橋があったのでチェックインの前に寄り道してちょっと登ってみると、定番の撮影場所なのか予想外の見通しの良さだ。 次々とやって来ては歩道橋の下を通り過ぎる電車を見送りながら、しばし時を忘れてその場に佇んでしまった。 平和の街、広島。間もなく日が沈み、束の間のマジックアワーを迎える頃合いの事だった。