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初秋の風吹くある日、私は数名の仲間と高原の樹林地帯をさまよっていた。地図で下調べはして来たものの、廃止後数十年という歳月は線路跡をすっかり藪の中に覆い隠し、おいそれとは見せてくれようとしなかった。そろそろ諦めようかと思い始めた頃、ふいに四方に散らばっていたメンバーの一人が「こっちだ!」と叫ぶ。自転車を押しながら皆が集まるが、そこに声を出した張本人の姿は無い。「ここ、ここ。」林道脇の草薮から下を除くと、ようやく彼の足が見えた。私も「ヨイショ」っと自転車を引きずり下ろして中へ入ると、そこには塹壕状に切り開かれた線路跡が、雑草に覆われながらも周囲とかろうじて境界を成している。そして見上げた木々の間からは、目的地へ向かって伸びる青空の隙間が、一直線に森の彼方まで続いているのだった。
廃線跡を自転車で巡るようになって何年が経つだろう。こんな醍醐味をまた味わいたくて、私は懲りもせずいそいそと出掛けて行くのだ。そこにあるのは「探索」という面白さか、「発見」という喜びか、はたまた「想像」という夢を追う行為、あるいは非現実への逃避なのかも知れないが、それら全ての魅力が体内の鉄分に反応し、磁力のように私を廃線跡へと惹き付けて行く。 既に一つの趣味として市民権を得た感のある廃線探訪だが、最近は自転車で探索を行なう人も徐々に増えて来ているのかなと思う。中には、はたから見たら何が楽しいのか分からんという方もいるだろうが、これが自転車と鉄道、一粒で二度楽しめるという、私にとっては大変美味しいパターンなのだ。おまけにアプローチに輪行など使えば、さらにその旅の濃密度はアップする。経路に未乗の盲腸線など含まれていようものなら、もう喜び勇んで出かけて行ってしまう。 一方、廃線探訪というのは鉄道系趣味の中では唯一、特に鉄道がそれ程好きでは無いという人でも楽しめるジャンルなのかも知れない。私の知っている範囲でも、ごく普通の女性やご夫婦からシニアな方まで、特段鉄道に興味を持ってはいないが廃線跡歩きが好き、という人も多い。であるからして、自転車と廃線という組み合わせはより多くの自転車乗り達にも受け入れられ、ツーリングの動機付けとして立派に成立するものと考えている。 場所に応じて走りのスタイルを柔軟に変えられる事も、この趣味の多様性を増していると言える。近場の街中にある廃線なら、ちょっとしたポタリング気分で。かつて地方の農村地帯を結んでいたような路線であれば、一泊のツーリングコース。さらにハードなマニアは森林鉄道を追い求め、山中深く山岳サイクリングへと乗り込んで行く事となる。 また、廃線跡がサイクリングロードとして再利用されるケースが多いのも、廃線と自転車を結び付ける重要な役割を果たしている。極端な急勾配を走れない鉄道の跡地は比較的フラットで、自転車用の道路としては最適なのだ。このような場所ならば老若男女誰でも気軽に走れるし、安全でもある。所々に埋まっているレールや、休憩地点に設置されている鉄道に纏わるモニュメント等、色々と楽しみながら走る事の出来るお手軽コースだ。で、その対極にあるのは山中の廃線跡。踏破した時の達成感は大きいが、当然それなりの心構えや装備が必要になるし、やはり単独行は避けるべきだろう。
道路化されていない廃線跡は、その多くが私有地であるという事にも注意が必要だ。立ち入り禁止の掲示があれば当然そこは入るべきではないし、許されている場合でも、人の土地であるという事を常に意識して節度を持った行動をしよう。トンネルや鉄橋等もエキサイティングではあるが、危険を感じたらおとなしく避けて通るのも一つの勇気。それと、集団での行動はえてして暴走に至りやすいので、誰かしら慎重派の止め役がいた方が良い。かつて大集団で「行ける行ける」と藪漕ぎして突き進んだものの、結局途中でにっちもさっちも行かなくなり、途中斜面から自転車をリレーして下の道路まですべり落とし、ほうほうの体で何とか生還、なんて事も経験をした。 ところで皆さん、自転車ってのは乗ってなんぼの物だけれど、こと廃線探索に関しては押して歩くだけでもそれなりに役に立つのはご存知だろうか?街中の廃線跡は住宅地の路地裏を走っている事も多いが、そんな所を徒歩でウロウロしているとただの怪しい人。これがサイクリング車(実用車ではあまり効力は無い)を携えているだけで、あぁこの人は趣味で周っているんだなと、相手に納得してもらえるというメリットがあるのだ。 他にも自転車ならではのアドバンテージは色々とあって、例えば現地へのアプローチが電車やバスに比べて時間を気にする必要が無いとか、車のように駐車場所の心配がいらないとか、廃線跡自体の踏破性も優れているとか、数え上げればきりがない。徒歩の方がより細かく観察出来ると言う人もいるが、じっくりと見たい所では降りて押し歩けばいいし、目ぼしいものが無ければ乗って先を急ぐ事も出来る。こんなベストマッチな趣味は他になかなかないのではなかろうか、と一人ほくそえんでいる私なのである。あなたもぜひ、実践してみては? ※本コンテンツは、ニューサイクリング No.487 に掲載された文章を、編集部の許可を得て転載させて頂いたものです。
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